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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
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栄華の坂~69~

 項董から呼び出された趙貝には多少の予感があった。漠然としたものであったが、どうやら項董が自分のことを疎んじているというものであった。

 『大将軍に着くことをお勧めしたのは私だが、条元に敗北したのは私のせいではあるまい』

 項董は条元との戦争が始まり、敗北し続けているのを趙貝の責任だとみている。これほどひどい責任転嫁はないであろうし、そもそも全てを決定したのは主君である項董ではないか。

 「もし、今回の呼び出しがこの責任を私に問うものであったら、流石に堪忍袋の緒が切れるというものだ。その時は迷わず条元に降ろう」

 趙貝は項董の会う前、部下達を呼んでそう告げていた。このことが趙貝の部下達の命を多少なりとも救うことになった。

 趙貝としてはまさか項董が命まで取るなどとは思っていなかった。しかし、いざ項董のいる西側の陣中に赴くと、趙貝はいきなり背後から数名の兵士によって拘束された。

 「な、何をするか!」

 「貴様、それらしいことを言っておいて、条元と結んでいたな」

 項董は斐巍が提出した書状を趙貝の顔面に突き付けた。

 「こ、このような書状知りませぬ。条元の罠でありましょう」

 当然ながらこの書状は条元の罠である。書状を持たせた兵士をわざと捕まらせたのである。

 「どうだかな。それならば条元はどうしてお前が守る東側には一兵も派遣しないのだ?示し合わせているからだろう!」

 項董は書状を趙貝の顔面に叩きつけると、やれ、と趙貝を拘束している兵士に命じた。

 「ああ、情けなや。名誉ある項家がここで終わるか」

 「まだ言うか!」

 項董の怒声が趙貝がこの世で聞いた最後の人の声となった。兵士が振り下ろした剣が趙貝の首を胴体から切り離した。

 「ふん、こいつを先陣に掲げろ。それと趙貝の部下共も同じ目に遭わせてやれ」

 項董はそう命じたが、趙貝が殺されたことをいち早く知った彼の部下達は東門を開けて条元に降伏してしまった。


 趙貝の部下達が降伏してきたことにより、南側に配置していた部隊を東側に移した条元軍は、そこから一気に季陽内に侵入した。

 「領民を傷つけたり資材を奪う者がいれば、斎文公子の名において即決で死罪とする。公子がおられる軍として恥ずかしくない振る舞いをするのだ」

 季陽に入った部隊については条元自らが指揮をした。これからのことを考えて条元は領民に危害が加わることを極度に恐れていたので軍の秩序を何よりも重んじだ。それを徹底させるために条元自身が先陣に立って領民の安全をくどいほどに命じた。

 現在、季陽に残っている領民は、条元が事前に仕掛けた噂話に乗ってこなかった者達である。ある程度は主君である項董に忠誠心を持っている民であろう。条元としては彼らを武力で排斥せずに、主君としての器の大きさを見せつけることで心服させたかった。その条元の考えはほぼ成功し、季陽に残っていた民衆達は規律正しい条元軍を見て、抵抗することなく素直に従う道を選んだ。


 一方で項董は追い込まれていた。趙貝を処刑したことでひとつの区切りがついたような錯覚をしていた項董は、趙貝の部下達をも血祭りにあげようと部隊を派遣したが、彼らが東側に到着する前に趙貝の死を知った部下達は果敢に抵抗した。その背後で条元に降伏して、その軍を季陽内部に引き入れたのだった。項董の部隊は条元軍の侵入を見届けると、尻尾を巻いて戦線を離脱していった。

 「条元が侵入してきただと!おのれ、趙貝め、やはり裏切っておったか!」

 逃げ戻ってきた兵士達から条元軍の存在を聞いた項董は声をからして怒鳴り散らした。傍にいた斐巍はやや呆れながらも、主君に声をかけねばならなかった。

 「殿、やがて条元軍が殺到してきます。戦うか、逃げて捲土重来を待つか、または別の道を選ばれるか、お決めください」

 別の道とは要するに降伏である。斐巍は項董の気持ちを重んじてあえて婉曲な言い方をした。 

 「逃げる?どこへ逃げるというのだ?今更あの小僧のもとには行けまい。どの面下げて保護を求めるのだ?」

 「では、このまま戦い続けますか?それとも……」

 「降伏か?この俺が、商人からの成り上がり者に頭を下げて命乞いするのか!」

 項董は地を叩いて悔しがった。すでに条元軍の軍旗が目に見える範囲まで接近していた。

 軍旗は粛々と迫ってくる。それは条元軍が抵抗をほとんど受けていない証拠であった。

 「くそっ!俺はどこで間違えたのだ……」

 くそっ、と大きく叫んだ後、項董は降伏の言葉を口にした。


 縄で縛められていた項董と斐巍は条元の前に引き据えられた。項董は顔を真っ赤にして条元を睨みつけ、斐巍は項垂れていた。

 「素直に降伏したのならば命を取ることはない。幾ばくかの金銭をやる。何処となりともいけ」

 条元は傍らの兵士に命じて二人の戒めを解かせた。処刑されるものと思っていたらしい二人は不思議そうな顔をしていた。

 「ふん、生かしておいて、後の災いとならねばいいがな」

 項董は臆面もなく兵士から金子袋を受けると、気を良くしたのか条元に悪態をついた。

 「生かされたことに感謝すらできない人間についてくる者がいればいいがな」

 条元は項董が再起してくるなど考えてもいなかった。

 自由の身となった項董は、ひとまず季陽を出ることにしたが、季陽の外で待っていた趙貝の部下達に囲まれ、いたぶられるようにして殺害された。その報告を聞いた条元は、無言で頷くだけであった。

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