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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
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栄華の坂~67~

 季陽を発進した項董軍の士気は極めて低かった。すでに項董軍は条元軍に敗北しており、しかも敵は敵国内に堂々と邑を築いてしまう大胆さを持ち合わせている。しかも、その邑に自分達の家族や親類縁者が通っているかもしれないとなると戦闘に積極的になれるはずがなかった。やがて起こるべくして兵士達の脱走が発生した。

 「聞けば条元は庶人に優しい仁君であるという」

 「そうらしな。租税は安く、福利は充実しているらしい」

 「俺も旅の商人から聞いた。条元はかつての主君である箕政を追ったが、美堂藩の民衆は誰一人として条元を責めず、寧ろこれを歓迎したぞ」

 そのような話が士気の低い軍隊に広がっていくとどうなるかは自明の理であった。兵士達は互いに示し合わせて脱走を試みたのである。ひとつの脱走は次の脱走を生み、項董軍に戦う前にして深刻な損害を与えることになった。

 「脱走する兵士は誰であっても処刑する。その家族もだ」

 項董はそのような命令を出さざるを得ず、ますます士気を低下させていった。


 片や条元軍は進むにつれて兵士の数を増やしていった。勿論、項董軍から脱走していった将兵達が条元軍に駆け込んできたのである。

 「進んで我が軍に降るというのであれば受け入れない道理など我が軍にはない。この斎文の傍でしっかりと働いてほしい」

 条元は降ってきた将兵達については自分の配下に加えるのではなく、斎文に下に所属させた。彼らとしても条元に降ったというよりも斎文に降ったという方が面目が立つであろうし、彼らが再度裏切る心配も少なくなると考えたのであった。条元は斎文という公子の存在を最大限に活かそうとしていた。

 このようにして着実に見北領で勢力を拡大し、軍を大きくしていった条元軍は、いつしか五百名近くまで膨れ上がっていた。

 

 士気の上がらぬ項董軍と条元軍は季陽から北の方向にある平原で激突した。条元は条春の兵車部隊を先頭にし、前線の指揮を任せた。

 「すでに敵は一度我に敗れている。どうしてここで我らが敗北しようか。自信をもって突き進め」

 条春という武将は自分には戦場で示す勇気しかないと思っていた。しかし、それは謙遜であり、兵の進退においてもこの時代で右に出る者はいなかった。何よりも条春最大の武器は部下からの信頼であった。条春にはこの将軍についていけば敗北はないという不思議な空気感があり、事実としてこれより大小様々な戦闘を繰り返していくことになるが一度も敗北することがなかった。

 この時の戦闘も項董軍を見つけると、敵軍の戦意の低さを敏感に察した条春は速攻することにした。

 「敵に怯みがある。恐れることはない。一気に敵を恐慌状態にしてやろう」

 「どうして分かるのですか?」

 不思議そうに副官が尋ねた。すると条春は苦笑しながら応じた。

 「どうしてと言われれば困るな。そう感じるのだ。敵陣を見ていると覇気がまるで感じられない。そうだろう?」

 「はぁ」

 副官は分かりかねるというような生返事をした。

 「兎も角も行けば分かる。俺に続け!」

 条春は兵車に乗ると、先陣を走らせ、敵軍に突撃していった。項董は条元軍の存在に気がついていたが、どうにも軍の動きが鈍かった。

 「猪武者が突撃してくるぞ。生け捕れ!」

 項董は先陣の動きの鈍さに苛立ちながら、後方で檄を飛ばし続けた。しかし、先陣は条春兵車部隊の突撃を食い止めることができず、瞬く間に蹴散らされていった。

 「くそっ!」

 項董は本陣に敵が殺到して来る前に撤退を決意した。一日もたずして項董軍は季陽に引き返していった。条元軍はそのまま項董軍の後を追い、ついに季陽を包囲することとなった。

 

 季陽に帰り着いた項董は籠城戦の準備がそれほど進んでいないことに気づかされた。

 「趙貝は何をしていたのだ!全然準備ができていないではないか!これでどうやって籠城戦をしろというのだ!」

 項董は趙貝を見つけると、怒鳴り散らした。

 「も、申し訳ありません。しかし、食糧や資材が調達できないのです」

 趙貝は慌てふためきながら言い訳をした。その言い訳が項董の癇に障った。

 「馬鹿ぁ!」

 項董はいきなり罵声を浴びせると頬を殴った。

 「言い訳なんぞしやがって!やっていないから言い訳がでるのだ!」

 怒りの鎮まらぬ項董は、もういいと叫ぶと、項董を突き飛ばして立ち去っていった。尻もちをついて起き上がれぬ趙貝の腕はかすかに震えていた。

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