栄華の坂~63~
「戦いと言うものは勢いが大切らしいな。その点、春は戦に向いている」
条春が出撃した後、砦の門の上からその雄姿を見送った条元は勝利を確信していた。ひとまず緒戦では勝利できるだろう。
「公子におかれましてはお疲れさまでした」
「これしきのこと。世話になっていることを考えれば造作でもない。この鎧を持ってきて正解だったな」
斎文も満足そうであった。自分の権威が他者に通じて自信を得たようであった。
『この公子は多少の自信家になってもらった方がいい』
貴人の権威とはそれに対する自信があってこそ活きてくる。斎文にそのことが理解できれば、公子として生きていく上の力となるだろう。
「公子。これよりは文公子が美堂藩にありと知られるでしょう。そうなれば事態が大きく動きましょう。今まで通りの生活というわけにはいかなくなります」
「分かっている。私もそれを承知してここにいるのだ」
「いずれ多くの者が公子の足下に馳せ参じることとなります。中には甘言をもって公子の気を引こうとする者も現れるでしょう。片や私は厳しい言葉で公子をお諫め申し上げることもあるでしょう。どうか公子におかれましては甘言に惑わされることなく、厳しき言葉をもって接する者を大切になさってください」
「真の忠臣とは恐れずに諫言をしてくる者だと昔から言われている。私もそうありたいと思っている」
「公子、そのお気持ち、最後までお忘れないように」
斎文がこの時の言葉を忘れていなければ、斎文が新たな斎国国主となり、条国は誕生しなかったかもしれない。どらにしても、条元も斎文も加速した歴史の奔流の中で身を引けない場所に立つことになった。
夕方になり、項董を追って出撃した条春が上機嫌で帰ってきた。
「ひとまずは奴らを藩外に追い出すことができました。随分と損害も与えましたので、再起して攻め込んでくるのにも時間がかかるでしょう」
条春は全身土埃と返り血で汚れていた。当の本人は傷一つ負っている様子もなく、もう一度出撃できそうなほどの気力に満ち溢れていた。
「ご苦労だったな。敵は反撃して来ないだろう。今夜はゆっくりと休め」
条元は条春と一緒に帰還した兵士達を労った。彼らもまた勝利に酔いしれていて、士気の高さを感じられた。
「条元、兵士の士気が高い。ここは一気に見北領に攻め込んでもいいのではないか?」
条元と同じように兵士を労っていた斎文が囁いた。彼もまた圧倒的な勝利に気を良くしていた。
「文様、兵士の士気は大切でありましょう。しかし、勢いのまま突き進めば周りが見えなくなり、いずれ痛い目に遭いましょう。ここはこの勝利で満足するべきです」
条元は自分に言い聞かせるように言った。条元としてもこの勢いのまま見北領に突き進み、一気に征服してしまいたい欲求があった。それでも自制をしたのは条元が為すべき野望の長大さを考えれば、今は浮かれる時ではないと思えたからであった。
「そ、それもそうだな」
「今は条春が軍の指揮を執っていますが、いずれは文様自身が兵を指揮する立場に立たれることになります。私も戦の玄人ではありませんが、勝利とは満ち足りることにあると考えています。自重するということを覚えてください」
「分かった。条元の言葉、ひとつひとつが身に染みるようだ」
斎文は心底感心したかのように感嘆した。条元もそんな斎文の様子を見て満足した。この聞き分けの良ささえあれば名君となるだろう。
「勿論、進軍を自重するのはそれだけではありません。新合領の様子を見るためです。隆の報告によれば、新家の若殿は今にも見北領に攻め込まんとしているようです。その結果を見てからでも遅くはありますまい」
条元としては両領が争うことで共倒れになることを望むばかりであった。
敗走する項董軍は惨めであった。必勝のつもりで美堂藩に突き進んだにも関わらず、鎧袖一触で敗走させられたのである。しかも条元は斎国の嫡子である斎文を擁していたのである。
「どうして条元に斎文様がいるのだ」
最初は偽者だと思っていたが、本物であることは間違いなかった。そのことが兵士の動揺を誘発したのであり、項董としても容易ならざることになったと思わざるを得なかった。
『我々は賊軍になったのではないか?』
そのように不安な思いをする兵士も少なくなかった。項董は兵士達の不安や動揺を鎮めつつ、ひとまず美堂藩から撤収したが、今度は逆に条元が攻めてくるかもしれない。そうなった場合、兵士達は斎文に剣を向けて戦ってくれるのか。そのことが項董には不安であった。




