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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
584/962

栄華の坂~62~

 新淳から師武側に着くことを拒否された項董は内心嚇怒しながらも、表向きは平静を装った。

 「所詮は小僧だ。道理というものが分からぬらしい。こうなれば我らだけでも出陣しよう。小僧には後で後悔しても遅いとでも言っておけ」

 年長者の余裕を見せる項董は、当然ながら新淳がこちらに攻め込んでくるなどとは想像もしてない。見北領が動員できるほぼ全戦力をもって出陣することにした。その数は八百名。近隣の諸勢力の中で動員できる戦力としては最大であろう。そういう自負があるからこそ項董は実に楽観していた。

 『美堂藩が動員できる戦略は常備で三百と聞く。そこからさらに動員をかけても五百には届くまい』

 一気に堂上まで攻め上ってやろうかと思った項董であったが、それでは単なる侵略になってしまう。当初からの予定通り、大将軍の救援に応じて出陣したという正義を立てることにした。

 「大将軍の要請に応じて出陣することになった。貴藩におかれても速やかにこれに従い与力し、兵糧や金子を拠出するように」

 項董はそのような書状を先んじて条元に送った。しかも、条元が怒って拒否するようにわざと無理とも思える数の兵糧や金子を差し出すように書き添えておいた。

 「果たして条元はどのような返答を寄こしてくるかな」

 項董は意地悪な気持ちで書状を携えた使者が帰って来るのを待ったが、使者はとっくに帰ってきても良い日時になっても戻ってこなかった。

 「よもや使者を斬ったのではないだろうな」

 そうなればますます条元を討つ口実となる。項董は事実を確認するためにも兵を美堂藩との境まで移動させた。そこで項董は驚くべき光景を目にすることになった。

 見北領から美堂藩へは山道を登らねばならない。それほど峻険な山道ではなく、緩やかな傾斜があり、道幅も広かった。その山道を登りきると関所があるのだが、その関所を中心に多くの兵士が陣を敷いて待ち構えていた。

 「どうして斎家の軍旗があるのだ!」

 敵陣には条家の軍旗の他に『斎』の文字が染め抜かれた軍旗も翻っていた。

 「殿、これは詐術でありましょう。勝手に斎家の旗を使用しているだけです」

 項董のわずかばかりの動揺を見て取った趙貝がすかさず耳打ちした。

 「当然だ。斎家の誰が条元に味方するというのだ。聞け、者共!条元は斎家の御旗を勝手に使うという暴挙に出た。それだけ条元が俺達を恐れているということだ」

 今度は項董が兵士達の動揺を鎮める番であった。項董軍には大将軍の教書があるものの、それは私的なものでしかない。それに引き換え、もし条元が斎家の誰かを見方にしたとなると、世間的な正義はそちらに移動してしまう。項董や趙貝は別として、一般兵がそのことを恐れ動揺しないようにしなければならなかった。

 「やぁやぁ、無法者の項董ではないか。大将軍の教書とやらをひけらかし、我が藩を侵略しようとは言語道断!」

 関所の門扉の上に姿を現した条春が声高に叫んだ。

 「無法者とは何か!そちらこそ斎家の御旗を勝手に使うとは、そちらこそ無法ではないか!」

 項董は負けじと叫んだ。関所にいる条元軍の兵士から笑い声が起こった。

 「何がおかしい!」

 「勝手にではない。こちらの方を誰と心得る。斎国嫡子、斎文様ぞ」

 条春の隣に一人の青年が現れた。どうせ偽者であろう、と思ったのだが、彼が来ている鎧には見覚えがあった。斎国に長く伝わる薄黄金の甲冑に鷲の彫像をあしらった兜そのものである。

 「に、偽者をわざわざ用意しおって!」

 「偽者なわけがあるか!大将軍の教書か何か知らないが、勝手に兵を起こしたことには変わりない。斎国の公子として見過ごすわけにはいかない」

 斎文というおぼしき青年もよく通る声をしていた。その顔もその声も、項董が一度慶師で拝見することができた斎文公子のそれと寸分違っていなかった。

 「そんな……どうしてここに文公子が……」

 項董の愕然とした表情が全軍に伝播するのに時間がかからなかった。先程までの勢いがなくなったので兵士達が不安に思うのも当然であった。

 「公子のお許しが出た。恐れることはない。逆賊を討て!」

 条春が門の上から飛び降りた。身の丈以上のある槍を抱えた姿はさながら鬼神のようであった。

 「かかれ!」

 条春が猛然と坂をかけくだると、砦の門が開かれて兵士達が続々と出撃してきた。項董軍は剣先を敵に向ける間もなく、来た道を敗走するしかなかった。

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