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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
583/959

栄華の坂~61~

 一連の見北領、新合領の動きは条隆によって条元に筒抜けになっていた。

 「まさか丞相からの使者が我らに捕らえられているとは思うまい」

 条元は雑談するように言った。

 費閑と師武の戦いが広がりつつある中、双方の陣営が仲間を欲している。当然ながら見北領へも両陣営から出陣を促す使者が派遣されているが、費閑の使者のみを条元は捕らえて幽閉していた。

 「そうすることによって見北と新合の仲を悪くするというのなじゃな。ししし、弟君の悪知恵は相当なものじゃな」

 条耀子が酌をしながら笑った。

 「そうだ。新淳が国慶公子の信者であることは有名だから師武の使者は新合領には行くまい。そうなれば見北領を師武派にしてしまえば、両領の足並みが揃わなくなる。まったく、我が弟ながら恐ろしい知恵だ」

 「それではここで見北領と新合領を争わせるのですか?」

 条春は謀略家ではない。ここから先の展開が読めないらしい。

 「それもいいかもしれんが、まぁ、あの二人が互いに戦う度胸などないだろう。それに項董の野心はこの美堂藩にある。奴はこの美堂藩を攻めてくるだろうよ」

 「まさか……」

 「見北領から慶師へ向かうにはどうしてもここを通らねばならない。それはここを攻める口実になるし、重臣の趙貝からすれば、俺を倒せば自身の借金を帳消しにすることができる」

 「またこの美堂藩が戦場になるのですか?」

 「そうだ。そのために準備をしてきたし、お前に兵の訓練をさせているのだ。それにな、俺達には最大の切り札がある」

 「斎文公子じゃな」

 条耀子の言葉に条元が頷いた。

 「文公子は権勢家の拠り所がないとはいえ未だ嫡子だ。しかも教書を携えているのではなく、本人がいるのだから、多少なりとも相手は動揺するだろう」

 項董は兎も角として、重臣や一般兵士には有効であろう。それで見北領軍に動揺が走ればそれで十分に意義があった。

 「あるいは新淳の動き次第ではなかなか出陣して来ないかもしれない。だが、有事はいつも想定しておきべきだ。春、いつでも出撃できる準備をしておいてくれ」

 「勿論です」

 自軍だけではなく友好関係にある近甲藩にも協力を要請し、快諾を得ている。条元としてはあとは項董の動きを待つだけであった。


 「以上のように正義が大将軍にあるのは明白である。若い貴殿には分からぬかもしれないが、それが政治というものである。新合領も我らと歩調を合わせて大将軍にお味方すべし、協同して出陣しようではないか……」

 項董から送られてきた書状を音読した新淳は怒りのあまり書状を引き裂いてしまった。あまりの剣幕に同席していた重臣達が顔を強張らせて絶句していた。

 「正義が大将軍にありだと、馬鹿なことを!それに俺のことを若く経験の浅い領主であると思って馬鹿にしている!」

 馬鹿にしている、ともう一度言うと、新淳は破れた書状を床に叩きつけた。

 「殿、お怒りはご尤もです。これはあまりにも我が新合領のことを愚弄しております」

 すぐさま声を上げたのは家宰の新墨。新淳にとっては叔父であり、年長者として若い領主を良く補佐していた。

 「俺は出陣せんぞ。いいか、これは領主としての決定事項だ」

 新淳は凄まじい剣幕で家臣達を睥睨した。彼らは一堂に恐怖を感じつつも、同時に若き領主を見直してもいた。彼らは新淳を若いさ故に見下していたが、同時に見北領の項董が何かと口を差し挟んでくるのも潔しとしていなかった。そこへ新淳が明確に項董の意見を突っぱねたので、頼もしく思うようになったのだった。

 「殿、項董が大将軍の教書を得て出陣したのであれば、我々は丞相閣下の教書を求めて出陣し、天下の敵として項董を征伐しましょう!」

 「いや、それでは遅い。項董が出撃した隙に見北領を襲撃しましょう。教書など待つ必要ありません」

 家臣達が口々に意見を言い始めた。新淳は満足そうに頷いていた。

 「叔父上、俺はこの声にどう応えるべきか?」

 「殿。我らと見北領は長年に渡り友好関係にありました。しかし、殿が領主となられて以来、その友諠を踏みにじってきたのは項董の方です。だからと言って勝手に兵を起こせば後々災難となりましょう。ここは丞相に使者を出し、項家が大将軍に味方するために兵を挙げたことをお知らせして速やかに討伐の教書をいただきましょう」

 新墨の助言は的を射ていた。相手が大将軍の教書をもとに動いているのであれば、敵対する相手の教書を頂いた方が正義が立つ。後になって勝手に兵を動かしたと非難される筋合いも、教書があれば受けることはなかった。

 「よし、すぐに丞相閣下に使者を出そう」

 新淳は同時に兵の動員を行うように命じた。おう、と家臣達は声を上げて応諾した。反対する家臣は誰一人としていなかった。

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