栄華の坂~60~
新淳と対面した条隆は、すぐさま見北領に入り、趙貝と会っていた。
「新家の若殿は丞相と国慶公子に与するのは間違いありません。そうなれば御当家の方針もおのずから決するのはでないでしょうか?」
条隆の意見に趙貝は頷いた。趙貝は白竜商会に借財があり、条隆の出入りを許していた。ただ新淳と違うのは、条隆のことを商人として見下しており、いずれ借金を踏み倒してやろうと考えいていた。今回の騒動は美堂藩へ攻め込む口実ができたという意味ではまさしく奇貨というべきであり、美堂藩を攻め潰せば白竜商会も消滅すると企んでいた。
「それは困るな。すでに大将軍から我らに出陣せよとの教書が来ておる」
かねてより趙貝は師武と面識があった。そもそも見北領の外交官的な活動をしている趙貝は、頻繁に慶師へと上り、師武とも馬競いを通じて知り合っていた。尤も、昵懇というほどの仲ではなく、師武からすれば無数にいる知己の一人といった感じであり、趙貝からしても自分の存在をそれほど大将軍の地位ある者が認識してくれているとは思っていなかった。そこへ師武から味方せよという教書が届けられたのだから、多少舞い上がっていた。
「それは趙貝様宛ということですか?」
「そうだ。無論、殿にはご報告済みだ」
「すでに斐巍様が使者として新合領に向かったと聞いております」
「そなたと入れ替わる様にしてな」
「それでしたら、斐巍様が帰ってまいりますと、斐巍様は新合領と同調して丞相のお味方しようと申すでしょう」
「何が言いたいのだ?」
趙貝は苛立ったように言った。
「これは見北領を二分する問題です。いえ、見北領だけではなく、近隣諸侯にとっても重要な問題です。この近隣には大きな勢力はございません。見北領、新合領。この二勢力が結び付けば近隣諸侯もこれに靡きましょうが、両領の意見が割れるとそうも行きません。特に見北領自体で意見が二分すれば、諸侯もどうしてよいか分からず戸惑ってしまいます」
「上手いことを言って我が領の動向を探って兄に報告しているのだろう?」
「それもございますが、商人としては各地の諸侯がひとまとまりになってもらった方がありがたいのです」
「ふん、商人とは利に聡いものだ」
趙貝の語気には侮蔑が含まれていた。商人とはそのようなものでございます、と条隆は悪びれずに言った。
「それで、商人としては大将軍と丞相、どちらが勝つと思う?」
商人として侮蔑しながらも、趙貝は条隆が得ている情報とその分析力の高さを買っていた。
「大将軍でありましょう」
「随分とはっきりと言い切るな」
「私は商人ですので、政治や軍事のことは分かりません。しかし、世情や諸侯は大将軍を指示しております。丞相は私情によって雷鵬藩の跡目争いに介入しました。不正義を行ったのは明かに丞相です。大将軍にお味方する要素としてこれ以上の理由はございますまい」
「なるほど、商人とは単純なものだ。しかし、単純だからこそ真理ともいえる」
当初から師武を支持するつもりであった趙貝からすれば、ある意味のお墨付きを得たことになる。こうなれば斐巍が戻る前に項董を説き伏せるだけであった。
「もし正式に出陣となれば、色々ともの入りになる。その時はよしなに」
「承知しております。武具から兵糧、金銭まで何でもお任せください」
これが条隆という商人の本性であろう。その武具をもって兄が治める美堂藩が踏みつぶされることをこの商人が知らないと思うと趙貝は愉快でしかなかった。
そのような経緯を知らぬ斐巍は、師武から出陣の教書が来たと聞いて危うく舌打ちをしそうになった。これでは師武の要請に従って出陣するのは既定路線であり、使者として新淳に会った自分は馬鹿を見たことになり、自分がいないところで決められたことにも憤りがあった。
「丞相からの要請はないのですか?」
「来ていない。先に来た教書だけだ」
最初に届けられた教書は、双方とも味方して欲しいと書くに留まっていた。明確な出陣要請は師武からのものが初めてであった。
「これではっきりとした。真に我らの力を欲しているのは大将軍だ。大将軍の要請に従い兵を出す」
「お待ちください、殿。新合領の若殿は丞相に与することを明確にしております。殿が大将軍を支持するとなると、あの若殿がどのような行動にでるか分かりません」
新淳はやや盲目的に斎国慶を信奉している。その熱狂が見北領に向けられては堪らなかった。
「ふん!俺があの若造に何を遠慮しなければならんのだ?俺を諫めるつもりならいつでも来るがいい!」
そう言っておけ、と項董は吐き捨てた。斐巍は覇を噛み締めるしかなかった。




