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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
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栄華の坂~58~

 斎文という御旗を得た条元は、それを掲げて打って出ることもできた。しかし、条元は斎文が自分の手元にあることを公表せず、じっと近隣勢力の動向を注視していた。特に南方の見北領と新合領は敵対関係になることが自明の理であったので条隆だけではなく、間者も放って情報収集に努めた。その結果、どうやら費閑、師武両陣営からの使者が両領を訪ねてきたというのが分かった。

 「それでそれぞれの領主はどちらの味方をしようとしているのだ?」

 「悩んでいるようです。丞相と大将軍、どちらが優勢とも分からぬ状況では判断がつきかねるようです」

 間者の情報をまとめた条春が報告に来た。

 「あの二人は仲が良いから相談して決めるだろう」

 条元としては両領が協力して攻めてくる事態は避けたかった。なんとか仲違いをさせる方法はないものだろうか。

 「どちらかの領に金に貪欲な重臣はいないか?」

 「そういえば、項家の家宰に趙貝という男がおり、商会から借金をしております」

 条春が条隆からの報告書を手にして言った。条元はその報告書を条春から受けとると一読した。項家は見北領の領主である。

 「五万銀……多いな」

 五万銀は一領の家宰がするにしては膨大な借金である。かつての謝玄逸のように主君に成り代わって借りているわけではなく、個人的に借りているようであった。

 「どうやら賭博のようです。領内だけではなく、わざわざ慶師に出かけて馬競いなどに出資しているようです」

 「そのことを領主は……知らんようだな」

 これは使える。条元は思った。


 見北領の領主は項董といった。余談ながらこの物語から約三百年後に登場する尊家の家宰を務めた項史直は、この見北領項家の遠縁の子孫となる。項董は当時の為政者によくある型の領主で、領内の政治には無関心で、興味の視線は常に慶師に向いていた。そのため慶師近郊の情勢については非常に敏感であった。

 費閑と師武が争って数ヶ月経過しても、どちらからも応援を求める書状が届かなかったので項董はやきもきしていた。こちらから使者を出そうかと考えていたところに、ほぼ同時に両陣営から味方せよという書状が到着したのであった。

 「どちらに味方すればいいのだ?戦線は膠着状態というが、実際はどうなのだろうか?」

 項董は家臣達を集めて諮問したが、応えられるものなどいなかった。見北領で最も慶師に詳しいのは項董自身であった。

 「殿様。慶師での内紛などに首を突っ込んでいては百害あって一利なしです。双方に適当な返事をして、今は領内経営にお力をお入れください」

 真っ先に発言したのは斐巍という重臣。家宰である趙貝とは犬猿の仲で有名であった。

 「これは斐殿とは思えぬ発言。我が項家はかつては閣僚を輩出した名家。どうして国家の一大事を座視しておられようか」

 間髪容れず趙貝が返した。すかさず斐巍が反論しようとしたところ、項董がうんざりとばかりに両手を使って二人を制した。

 「ここで両名が口論をするな。で、新合の若殿はどうしようとしている。あいつがどちらかについて抜け駆けされるわけにはいかん」

 項家と新家は長きに渡って婚姻関係を続けていて良好な関係を結んでいた。新合の領主新淳の妻は項董の妹であり、何かと面倒を見ていた。その反面、新淳が先んじて何事かを成すことには強い反感があった。

 「新家の若殿は国慶公子に憧れていると聞きます。おそらくは丞相側に与するでしょう」

 趙貝の私見には斐巍も異論を差し挟まなかった。新淳が斎国慶を根強く支持しているのは周知の事実であった。

 「そうよな。ならば我らも丞相に与するか?しかし、それでもし大将軍が勝てば、元も子もない。若くして道を誤ろうとしている若殿を助けてやるのも義理の兄の務めかもしれんな」

 項董は独り言ちて一人で納得していた。しかし、それではどうするのだ、という結論をすぐに出さないのが項董という君主であった。

 「美堂藩の謀反人はどうだろうか?」

 項董は条元のことをそう呼んでいた。条元が美堂藩を乗っ取り、近甲藩の騒動にも関与した時も座視していた項董であったが、いずれこれを誅して美堂藩を我が手にしようと目論んでいた。

 「どちらの使者も到着していないようです。謀反人など誰も信用してないのでしょう」

 という情報を披露したのは斐巍。彼もまた条元のことを悪の権化のように見ていた。当然、斎文が条元のもとに身を寄せているとは思いもよらぬだろう。

 「さもあらん。丞相か大将軍、どちらかの教書を得られれば、謀反人を賊徒として討伐してやるのに。ともかく新家の若殿の意見を聞きたい。斐巍よ、ちょっと行って来い」

 そう言って項董は散会を命じた。結局、結論は何も出ぬままであった。

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