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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
577/960

栄華の坂~55~

 賓客は斎文であった。勿論、斎文が一人で来たわけではなく、かつての傳役である南殷が付き添っていた。南殷からの先触れが届くと、条元は流石に驚きを隠さなかった。

 「どういうことなのだ?」

 斎文はまだ斎幽の嫡子のままである。その斎文がどうして慶師を出て、どうして美堂藩に来たのか。謎ばかりであった。

 「いかがなさるつもりだ、旦那様」

 条耀子が意地悪そうに困り顔の条元を眺めていた。

 「嬉しそうなだな、耀子」

 「ししし、困っている旦那様の顔なんて滅多に拝めるわけじゃないからなぁ。堪能させてもらっている」

 「我が妻は肝が太くて心強いことだ。で、どうすれば良いと思う?」

 「受けぬわけにはいかんじゃろうな。しかし、ご嫡子に会うよりも先に南殷様に会って事の次第を聞くべきじゃないかな?」

 「良き助言だ。春、ご嫡子にはひとまず宿にお泊りいただいて、南殷様だけをここに呼んでくれ」

 条元は部屋の外で控えていた条春に命じた。


 南殷は間もなくやって来た。斎国の公的な地位としては南殷の方が上なので条元は上座を譲った。南殷はさも当然とばかりに上座に座った。

 「そう畏まることはない、条元。今回は勅使として来たわけではないのだからな」

 南殷は平伏する条元に親し気に声をかけた。

 「左様申されましても、斎文様をお連れしているとなると勅使以上の意味があるように思われるのですが……」

 「ふむ。まぁ、聞いてくれ、条元。慶師近郊で行われている戦については知っておるな」

 「丞相と大将軍のことですね」

 「表向きはそうだが、雷鵬藩の跡目争いが絡み、それぞれの陣営に身を置いている公子達の思惑もある。混沌としたまま戦線は膠着して二か月が過ぎようとしている。そのせいで慶師に物資が集まらず、食糧の不足も目立ち始めてきた」

 「それも承知しております。なので我が弟が極力慶師に物資が流れるように尽力しておりますが……」

 「条隆の働きは知っておる。私にも食糧を融通してくれているが、限界もあろう。現実に斎慶宮でも思うように物資が調達できない状況になってきた。このままでは本当にその日の食事にもありつけない事態になると思い、そうなる前におぬしに頼ろうと思って来たのだ」

 「南殷様が私を頼ってくださるのはありがたい話ですが、どうして斎文様も?」

 慶師の状況から南殷が条元を頼って疎開してくることは理解できた。しかし、それに斎文が付いてきたことはどうにも理解が及ばなかった。

 「私はこれでも昔は文公子の傳役だったのだ。その縁で公子とは今も付き合いがあり、色々と相談を受けていた。公子としても慶師での生活が不安になり苦痛となってきたとお聞きしたので、こうしてお連れ申し上げたのだ」

 南殷が斎文を連れてきた理由は分かった。だが、どうにも腑に落ちないことがあった。

 「南殷様。公子は畏れ多くも斎国の嫡子でございます。加えて今の嫡子をめぐる情勢を考えれば、我が美堂藩のような小藩ではなく、もっと他の雄藩を頼みにされた方がよろしいのではないですか?」

 条元が引っかかっているのはそこであった。斎烈と斎国仲には師武が付き、斎国慶には費閑が付いている。両者とも斎国においては最高権力に近い地位にあるが、条元は一介の小さな領地をもった藩主に過ぎない。斎国の後継者としての地位を確立するためにも斎文が頼みとすべき有力者はもっと他にいるのではないか。

 「これが難しいところなのだ。その……斎文様は嫡子ではあられますが、これを支持する者が少なくてな……」

 そのことについては条隆からの情報で知り得ていた。四人の公子の中で最も覇気にも才幹にも乏しく、これを推す諸侯が少ないとは聞いていた。

 「だからと言って、嫡子というお立場であれば、これを支援しようとする者もおりましょう」

 「おるにはおる。しかし、私はこう思うのだ。今の斎国で一定の力を得ている者など旧態依然としていて切所を切り抜けられるとは思わんだ。それよりも活力のある条元殿の方がよほど頼りになる」

 南殷からすれば、斎文を押し付けるための詭弁であった。しかし、条元は別の意味で捉えた。

 『なるほど。俺はそういう存在らしい』

 本来の藩主を追って美堂藩を手にした条元は、確かに活力に満ちているかもしれない。世が乱れようとしている時に、そこから這い上がって混乱を治めるのはあるいは自分のような存在かもしれない、と条元は思うようになった。

 「委細承知しました。ですが、お家の大事ですので、弟達とも相談致したく思います。しばし、お待ちください」

 条元はそう言って一度南殷を下がらせると、すぐに条隆を呼び戻すことにした。

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