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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
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栄華の坂~54~

 美堂藩にはまだ火種が飛んできていない。しかし、条元は慶師近郊で起きていることを正確に知り、注視していた。

 「それで丞相と大将軍の戦いはどうなったんだ?」

 「まだ睨み合っています。おかげで慶師に物が流れる物資が不足し、あらゆる物が高騰しています」

 情報源は条隆であった。白竜商会を仕切る条隆は斎国のあらゆる情報に精通していた。藩主の醜聞から領主の食事の好みまで、よくぞそのようなことを知っているなと感嘆するほどであった。

 「おかげで儲かっているのだろう?」

 「おかげさまで。しかし、施すことも忘れておりません」

 条元は条隆に白竜商会を譲った時、儲けるだけではなく民衆に施しをするように教えていた。

 「それはいいことだ」

 「慶師の民衆には格安で食糧を販売しております。貧者には炊きだしも行っています」

 「隆よ。国家で最も力を持っているのは国主ではない。民衆だ。国主が力を持っているように見えるのはそのように見せているからに過ぎない。実際はその他大勢の民衆によって支えらているだけだ。だから民衆を蔑ろにしては国家も商売も成り立たなくなる」

 「分かっております」

 「慶師の情報は事細かに知らせてくれ。今はまだ平穏だが、いずれ戦乱の火種は美堂藩にも来る」

 承知しております、と言って条隆は退いた。それから脇によけていた近隣の地図を正面に戻して目を落とした。

 『さてさて……』

 美堂藩は四つの勢力に囲まれている。ひとつは北方の近甲藩。近甲藩とは友好的な関係にある。

 『北西の双山藩とも比較的関係はいい。問題は見北領と新合領か……』

 この二領とは友好的とは言えなかった。寧ろ箕政を追い出して藩主となった条元のことを秩序の破壊者として惧れ、敵視していていた。

 『見北領と新合領は仲がいい。協同して攻めてくる可能性がある』

 しかも両領の領主とも日頃より小藩ながら豊かな美堂藩を妬んでいるという。

 「迂闊に教書など受領すれば、火中に手を突っ込むことになるか……」

 「しかし、火中に手を突っ込まなければ、宝を得ることもできない、と考えておる顔じゃな」

 声がして視線を上げると、いつの間にか条耀子がいた。その隣には長男である条真が母の衣服の裾を掴んでいた。

 「子供に訊かせるには物騒な話だな」

 「ししし、構わんではないか。真もお腹の子も旦那様と私の子じゃ」

 条耀子は条元の隣に座った。第二子を宿した腹が随分と目立つようになってきた。

 「宝か。俺は別に領土的な野心はないが、奴らが攻め込んでくるというのであれば、その報いは受けてもらうつもりだ」

 「しし、それでよいではないか、旦那様。見北領の項家も新合藩の新家もこの国の閣僚を経験した一族。この国の秩序を本当に乱しているのは誰かをこの国の者共に分からせるのじゃ」

 それが旦那様の使命じゃ、と条耀子は真っすぐに条元を見つめてきた。決して冗談ではなく、本気でそう思っているようであった。

 「俺の使命?」

 「そうじゃ。旦那様は慶師の宿無しじゃった。それが白竜商会に入り、この藩で商売を始め、今や藩主じゃ。そのような御仁が国家の命運を左右する存在になるのは自然の摂理と言うものじゃ」

 「どうにも大層な話になってきたな」

 「ししし、すでに旦那様は大層なことをなさっておいでじゃ」

 「それもそうか」

 条元は笑うしなかった。ひとつの藩を乗っ取っていみせたのである。今更何を躊躇うというのか。条元は再び条隆を呼び寄せ、見北領と新合領を徹底的に調査するように命じた。

 条隆は出入りしている商人達から情報を仕入れつつも、自ら一介の商人に身をやつして両領に潜伏して情報を収集した。一ヶ月ほどして条隆が報告にやって来た。

 「まだ各領主とも教書を受け取ってはいないようです。しかし、いずれくるだろうことを想定して準備はしているようです」

 「そうであろうな。隆よ、まさか両領に武具を揃えさせて儲けているわけではないだろうな」

 「そこまではしておりません。彼らも白竜商会の主が兄上であることを知っております。ですから逆に武具や保存食を買い占めております。そのおかげで調達に奔走している他の商人に高利で金を貸しております」

 条隆は不気味に笑った。

 「俺でもそこまで考えがつかなかった。お前の方が商人に向いているようだな」

 「それは困ります。私もいつかそちら側に連れて行ってもらえると思っておるのですが」

 「それもそうだな。しかし、今はまだ商人でいてくれ。商会を通じて得られる情報と資金はまだまだ重要だからな」

 「承知しております。その代わりに兄上が国主となられたら、私を丞相にしていただきますからね」

 この時は条隆も冗談で言っていた。条元も当然ながら冗談であると受け取っていたので、  「大きく出たな。俺が国主になれたら丞相のひとつやふたつくれてやるさ」

 と安請け合いをしていた。条隆が喜んで再び情報収集に出かけた翌日のことであった。思わぬ賓客を条元は迎えることになった。

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