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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
575/963

栄華の坂~53~

 焦れているのは師武だけではなかった。費閑の陣中にいる斎国慶も膠着している戦局に焦れていた。

 『このままではろくな活躍ができぬ』

 斎国慶としては自分の華々しい活躍で師武軍を撃破するつもりでいた。しかし、現在行われている戦いは防戦一方であり、このままでは負けることはなくても、斎国慶が望むような戦果は得られないだろう。

 「丞相、このままでは何の進展もない。ここは出撃して師武軍を打ち破りましょうぞ」

 斎国慶は費閑に食い入るように懇願した。

 「公子、それはなりません。我らはここを守り切ればそれで勝ちなのです。無用な冒険をする必要はありません」

 費閑としても今の膠着状態には決して満足していない。しかし、費閑軍は師武軍の攻撃を凌ぎ、相手を消耗させて撤退させれば勝ちなのである。勝利を急ぎ、危険な真似をする必要はなかった。

 「戦とはそのようなものではない。野戦において敵を華麗に打ち破り、我らの勝利を天下に喧伝してこその勝利ではないか」

 「今はそのような華麗さをお捨てください。泥臭くても堅実な勝利を得ましょう」

 斎国慶は不満顔を隠さなかった。斎国慶は武芸においても知略においても自分が至高の武人であると自惚れていた。

 『丞相は戦を知らぬのよ。攻めあぐねる師武軍は隙だらけではないか。これを突けば敵は総崩れになる』

 斎国慶は歯がゆかった。自分が指揮権を握ればすぐにでも出撃し、華麗に師武軍を撃破する自信があった。だが、斎国慶が直々に指揮できる戦力は五百名もなく、ほとんどが師武の私兵である。

 『こうなれば俺の手勢だけで夜襲を仕掛けてやろうか……』

 今の斎国慶に長考する時間はなかった。思い立つや費閑には内緒で手勢を集め、夜襲の準備を始めた。


 その晩、斎国慶は密かに出撃し、夜襲を敢行した。

 「敵は寝入っているはずだ。存分に手柄を上げよ」

 斎国慶は自ら先陣に立って、師武軍の陣に斬り込んでいった。師武軍は完全に油断をしていた。費閑軍が貝のように口を閉じて守勢に徹しているので、師武軍の誰しもが出撃してくるとは思っていなかった。師武軍は散々に斬り込まれて、陣中は混乱した。

 「慌てるな。夜襲を仕掛けてくる手勢は所詮小勢だ。立て直し反撃しろ」

 就寝中に叩き起こされた師武は、流石は大将軍らしく落ち着いて兵士達の動揺を治めた。師武軍の兵士達は次第に秩序を取り戻し、反撃を開始した。

 「ちっ!崩れるところまではいかなかったか。まぁいい」

 師武軍の反撃が秩序的になってくると、それ以上の攻撃は危険と判断した斎国慶は撤収を命じた。物足りない戦果ではあったが、戦場で存在感を示せたことについてはそれなりに満足をしていた。しかし、砦に戻った斎国慶を待っていたのは称賛ではなかった。

 「何を考えておられるのです!私に無断で出撃をするとは!」

 戻ってきた斎国慶に費閑は噛みついてきた。言葉遣いこそ丁寧であるが、その語気には明かに怒りを含んでいた。

 「丞相、そう怒るな。無断で出撃したことは詫びるが、いいではないか。敵に被害を与えることができたし、長い籠城で倦んでいた士気が活気づいた」

 「そういうことではありません。何度も申しますが、我らは守勢に徹すれば勝ちなのです。危険を冒すことはないのです。此度は無事でありましたが、無用な出撃が全軍の崩壊を招く可能性もあるのです」

 費閑の言葉に斎国慶は怒りを感じた。相手が丞相でなければ殴り飛ばしていただろう。

 『今はまだ、費閑の力が必要だ。ここで争うのはよくない……』

 直轄の国軍を持ちえない斎家の悲しさと言ってよかった。斎国慶が動員できる兵力はまだまだ過小である。費閑と組まなければ師武が擁する斎烈、斎国仲との後継者争いを勝ち抜くことができなかった。斎国慶はぐっと覇を噛み締め、怒りを堪えた。

 「分かった分かった。次からは丞相の言に従おう」

 言葉では服従を宣言したが、腹の底では裏腹のことを思っていた。

 

 戦線が完全に膠着した。双方とも引くに引けない状況になり、大将軍と丞相を制止することができる唯一の存在である斎幽は沈黙を続けていた。このため両陣営は公子の力を借り、各地の有力な藩主や領主に与力するように教書を出すようになった。これが大乱の元となった。

 教書を受け取った藩主や領主は、それを口実にして他の領地に攻め込むようになった。

 「我は斎国慶公子と丞相の教書をいただいた。隣の何某は大将軍の味方しているらしい。教書に従ってこれを討つ!」

 このようなことを主張して他者の領地を攻めだす者が続出し、戦乱は野火のように広がっていった。この戦乱に条元の美堂藩も巻き込まれることになった。

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