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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
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栄華の坂~50~

 屋敷に入ると師武は玄関先で待っていた。鎧を着ず、剣も帯びていなかった。

 「少なくとも大将軍には敵意はないらしいな」

 「相手が公子ならば武装するわけには参りますまい。しかし、状況が状況なので玄関先で失礼します」

 「構わんよ」

 斎国慶は師武の家臣が用意した椅子に座った。師武は正座した。

 「何用でございますか、というのは意味のない質問でしょうか?しかし、斎慶宮において我が命が狙われた以上、ここで武装を解いて膝を屈するわけにはいきません」

 「それでこそ斎国の大将軍、武人の鑑よ。この国慶、感服いたす。武人としては大将軍の人となりを見習いたいものだ」

 斎国慶は自分でも薄気味悪くなる世辞を並べた。師武は満更でもないらしく、僅かながらも口角をあげていた。

 「しかし、慶師でこの状況はよろしくない」

 「ですが……」

 「まず言っておくことがある。斎慶宮で大将軍の命を狙ったのは丞相の独断だ。主上は何も知らされず、ひどくお怒りだ」

 「ならば今すぐにも丞相をご処分ください。さすれば私も武装を解きます」

 「分かっておる。しかし、そうもいかぬのだ。分かるだろう?丞相の力は絶大で、主上とて簡単には制御できん。だから俺が宥めにきたのだが……」

 斎国慶はわざと声を潜めた。聞き耳を立てるように師武が顔を近づけてきた。

 「大将軍、慶師から退去し、しばらく領地で大人しくするんだ。悪いようにはせん」

 「退去ですと?」

 「今はそれしか事態を治める方法がない。下手をすれば主上や俺も失脚させられるかもしれん」

 「お言葉ですが、丞相は国慶様を支援なさっていると……」

 「あれは二枚舌よ。そう見せておいて文の兄上にも近い。もとより俺は丞相のことが好きではない」

 その意味分かるな、と言って斎国慶は顔を師武から離した。

 「公子……」

 「大将軍は障りが治っておらぬのだ。領地で養生することだ。俺が主上に申し上げておく」

 斎国慶は周りの人間に聞こえるように言った。こうして師武は病気療養を理由に自領へと帰ることができた。


 戦乱の発火点は師武が慶師からいなくなって数ヶ月後に爆発した。火種となったのは慶師に近い雷鵬領を有する雷家の家督争いであった。

 雷家には二人の男児がいた。雷頗と雷銀といい、年子であった。そのためではなかろうが、兄弟仲は極めて悪く、双方が父に対して自分が嫡子に相応しいと主張し譲らなかった。兄弟の父もどちらを嫡子にするか決めるのが煩わしく先送りをしているうちに亡くなってしまった。当然ながら家督争いが発生した。

 慣例に従うのであれば長子である雷頗が新たなる領主となるべきであったが、不幸なことに雷頗という男は家臣団から人気がなかった。雷頗は陰湿な性格をしており、家臣のわずかな過失をも見逃さず、徹底的に追及するところがあった。一方の雷銀は正反対で粗野でいい加減であった。それはそれで家臣からすると困りものであったが、雷頗よりもましであろうというのが多くの家臣の一致した認識であった。

 雷頗は家臣が自分をどのように見ているか知っていた。知っていながらも、その性格や言動を改めるような男ではなく、自分を嫡子として認めようとしない家臣団を悪と見ていた。

 「長子である自分が領主となるべきなのに家臣共が承知しません。是非とも丞相のお力添えで主上のご裁可をいただきたいのです」

 雷頗は多額の献金とともに費閑に泣きついた。献金に気を良くした費閑は色よい返事をしながもしばらく放置していた。多忙な費閑からすると、雷鵬領のことなど些末な訴訟事のひとつでしかなかった。この間に雷銀が動いた。

 「主上のご裁可が下りないうちに兄を討つのだ」

 雷銀は短絡的に武力で訴えることにした。味方する家臣の少ない雷頗は雷鵬領を脱出し、慶師に逃げ込んで費閑に縋った。一度色よい返事をした以上、解決してやらねばならぬと思った費閑は斎幽を通じて雷銀討伐の勅許を得ようとした。しかし、

 「雷家の家臣達は雷頗ではなく雷銀が嫡子に相応しいと言っているのだろう?その点を調査したうえで裁可すべきではないのか?」

 斎幽は珍しく尤もなことを言って費閑を困らせた。やむを得ず費閑は、自己の領地から兵力を呼び寄せ、雷頗を援助するしかなかった。流石に一国の丞相が率いる軍に抗えなくなった雷銀は慶師から脱出した。

 「費閑め。丞相の身でありながら家督争いに介入してくるとは!」

 唇を噛み締めながらも再起するためには誰かに頼らなければならない。頼るとするなら費閑に匹敵する人物でなければならない。そのような人物は今の斎国には一人しかいない。雷銀の足は自然と師武の方へと向かった。

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