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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
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栄華の坂~47~

 斎烈、斎国仲、斎国慶。それぞれが嫡子の問題で思惑を抱き行動している最中、斎文は取り残されていた。すでに嫡子という立場を得てはいるものの、斎烈と斎国仲の動きや、斎国慶の人気などは耳に入っている。自らの立場について不安しかなかったが、自発的に動くということができない斎文は、ただただ不安を募らせることしかできなかった。

 そんな斎文にも相談できる相手がいた。南殷である。南殷は一時的斎文に近侍していたことがあり、南殷が閣僚になってからも良き相談相手になっていた。

 朝議終わりの南殷を密かに呼んだ斎文は偽りのない心情を吐露した。

 「父は私を嫡子としているが、どうも周囲は私が相応しくないと思っているらしい。烈兄上と国仲には大将軍が味方し、丞相は国慶に接近しているという。私は父から嫡子と指名されていることだけが拠り所だ。どうすべきだろうか?」

 南殷は斎文に同情しつつも、自身が斎公の後継者争いに巻き込まれたくはないと思っていた。自分の身の丈というものを知っている南殷としては、さらなる高みを望むよりも現在の地位を維持する道を選択した。

 「私が力添えを致したいのですが、所詮は次官です。さほどの力はありません。もし本格的に後継者争いが勃発するとなると、金銭と軍事力がものを言います」

 「そうさなぁ……」

 斎文は暗い顔をした。

 「もし万が一のことが起これば、美堂藩の条元を頼りなされ」

 「美堂藩の条元とは、旧主に追い出して藩主となった男か?」

 斎文は条元の名前を聞いていい顔をしなかった。慶師において条元の評価は二分しており、斎文は条元のことを梟雄と見ているのだろう。

 「お気が進まぬかもしれませんが、条元は英傑でありましょう。条元が持ち合わせている毒こそが斎文様をお救いするでしょう」

 南殷からすると斎文のことを条元に押し付けたようなものであった。斎文は明らかに気乗りしていなかったが、彼の運命は南殷の子の助言によって定まることとなった。



 さて肝心の斎幽である。後継者巡る家臣達の思惑や蠢動は斎幽の耳にも達していた。それでも斎幽の考えは変わることはなかった。

 「嫡子は斎文と決めたのだ。二言はない」

 この点、斎幽という君主は誠実であろうとした。確かに四人の公子の中で斎国慶を愛していたし、客観的に見ても斎国慶の才覚こそが君主に最も相応しいであろうとは思う。だが、一度斎文を後継として指名した以上、これを変更するのは争いのもとだという信念があり、何があっても変えるつもりはなかった。斎幽はそのことを強く公言しているにもかかわらず、こうして後継者について火種が生まれそうになっているというのは斎幽としては不本意でしかなかった。

 「特に大将軍の動きはよろしくないな」

 政治や経済に対して情熱を持たなかった斎幽であったが、後継者についてだけは妙に生真面目で能動的であった。斎幽は大将軍である師武を呼び出すことにした。斎幽としてはやんわりと師武を諭すつもりであった。しかし、当の師武は過剰に反応した。

 「主上からお声がかりがあった。主上は私が烈様や国仲様と関わりを持つことを危惧していらっしゃるらしい」

 師武は私邸に斎烈と斎国仲を招き、斎幽から呼び出されたことを告げた。

 「それで大将軍は行かれるのか?」

 斎国仲が不安そうに尋ねた。双子ながら斎国慶と違い、体の線が細く、深刻そうになると病的なまでに暗い顔をした。

 「行かざるを得ないでしょう。行かぬなら行くぬで、何を言われるか分かりませんので」

 「丞相の差し金であろう。あやつ、今までは文に近づいていたのに、最近では国慶に接近しているという。丞相が父上にあらぬことを吹き込んで、我らの仲を裂こうとしているのだ」

 斎烈は息巻いていた。四人の公子の中では一番年長であり、斎公になれぬということに対して最も憤りを感じている斎烈は、感情の高ぶりを押さえることができなかった。

 「大将軍、今すぐにでも立とう。斎慶宮を占拠して、父上に我を嫡子にするように迫るのだ。それで万事解決する」

 「お待ちください。流石にそれは激越過ぎます。まずは私が主上のもとに出向き、何もないことを告げて参ります」

 師武としてはいずれ火急の事態に備え、非常の手段に訴えねばならぬ時が来るだろうとは思予想しているが、今はその時ではないと思っている。

 『いきなり斎慶宮を襲い、首根っこを掴むのではなく、我が領地に盤踞し、天下広く丞相の悪性を喧伝し、これを倒さねばならない』

 師武としては単に斎烈か斎国仲を国主にするのではなく、丞相の費閑を同時に倒さなければならない。そのためには自分の領地で蜂起して、斎国を巻き込む戦乱にしなければならないという考えがあった。そうしなければ仮に師武が斎国の実権を握ったとしても、自分が費閑の悪性を正した正義の将軍であることを世に示さなければ、単なる謀反人になり下がるということを危惧していた。

 「ひとまずは軽挙を慎みください。しかし、万が一のこともありますので、我が領地へと一時ご避難ください」

 師武の言葉に斎烈と斎国仲は頷いた。

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