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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
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栄華の坂~45~

 佐谷明が藩主であったのは一年にも満たなかった。佐干甫が新たな藩主となり、談符憲が家宰となった。

 「まずは祝着。新藩主の誕生を祝おう」

 佐谷明が処刑された翌日、条元は談符憲と祝杯を交わした。

 「すべては条元殿のおかげだ。恩に着る」

 「俺もだ。これで亜好と魚然達の敵を討てた。礼を言いたい。後は道昇だが……」

 「我々が大甲を制圧した時点で消え失せていた。捜しているが、もう商売はできないだろう」

 「勿論だ。俺も条隆に言って捜させている。二度と斎国で商売ができないように悪評をばらまいておいた。いずれ自滅するだろう」

 条元の言葉通り、道昇は慶師近郊の邑で窃盗を行い逮捕されている。そのまま牢屋に入れられ、獄死している。

 「それで条元殿はこれからどうするのだ。まだ箕家の家宰のままであろう。堂々と藩主になったらどうだ?」

 慶師にいたとされる箕政も行方不明となっている。但し条元はこれを捜すことはなかった。

 「御屋形様はいずれ大人しく慶師にお帰りになるだろう」

 条元は箕政についてそれ以上のことを語ることはなかった。


 佐谷明の敗北と同時に大甲から姿を消していた箕政は美堂藩を目指していた。

 「条元に詫びねば」

 と言うのが箕政の心情であった。箕政は別に何かをしたわけではない。美堂藩へと帰る途中で佐谷明に留め置かれただけであった。しかし、世評では箕政が佐谷明に懇願し、条元を討とうとしたとされている。箕政からすれば迷惑な偽りであった。それでも箕政は条元に対して頭を下げねばならなかった。それが今の二人の力関係であった。

 箕政はわずかな従者を連れて街道から美堂藩に入ろうとした。関所ぐらい難なく通過できると思っていた箕政を待っていたのは藤可であった。

 「おお、藤可。わしを待っていてくれたのか?条元に会わせてくれ。行き違いがあったことを詫びねばならぬ」

 箕政は飛び上がるように喜んだ。美堂藩における有力家臣の一人である藤可が口利きすれば条元も素直に箕政の詫びを受け入れるだろう。箕政にとってはまさに渡りに船であった。

 「御屋形様。主君が家臣に詫びを入れるなど前代未聞です。条元様は御屋形様に対してお怒りも何もありません。このまま慶師にお戻りになった方がよろしいでしょう」

 藤可の言い方がひどく冷淡だった。もはや箕政のことを主君として見ていないようであった。

 「わ、わしは美堂藩の藩主であるぞ。堂上に行くも慶師に行くもわしの勝手であろう」

 箕政は流石にむっとして言い返した。藤可は悲しそうに首を振った。

 「そういうことではないのです。すでに貴方を美堂藩の藩主であると思っている者などここには誰もいないのです」

 「何を言う!」

 「当然でありましょう。藩の政を放棄し、慶師に入り浸っている者を藩主と呼べましょうか?今や美堂藩では民衆から家臣団まで御屋形様を藩の平穏を脅かす者であると思っています」

 「そ、それは誤解……」

 「誤解であってもそう思われてしまったら終わりなのです。条元様は慶師での生活が続くようにされることを約束されています。ここは素直に慶師に戻られた方が貴方のためです」

 「しかし……」

 「御屋形様、ご理解ください。藩とは貴方の私物ではないのです。私も家を守るために条元につくことを決めました。多くの家臣がそうです。その気分をご理解いただけますか?ご理解いただけないようなら、貴方はやはり藩主に相応しくないのです」

 藤可の言葉は最後通牒であった。箕政としてはこのまま無理強いして堂上へと行く選択肢もあった。しかし箕政は慶師での平穏な生活を選んだ。これにより箕政は美堂藩藩主の座を降りたことになり、慶師でそこそこ贅沢な生活をしながら天寿を全うすることになる。その生活は箕政の子、箕徳にも受け継がれた。後に条元が条国を建国してからは栄倉宮に出仕するようになり、箕家の者が美堂藩に帰ることはついに果たせなかった。


 箕政が慶師へと戻ったことにより、名実ともに条元が美堂藩の藩主となった。条元はすかさず慶師へと使者を送り、箕政より藩主の座を譲り受けたという報告を行った。同時に多額の金銭が慶師の各所にばらまかれ、反対する者など誰もいなかった。

 「箕政も慶師で優雅に生活をしているという。不可とする理由はあるまい」

 最も多額の献金を受けた斎幽が朝議でそのように言うと、閣僚の誰しもが即座に賛意を示した。彼らも条元から金銭を受け取っているか、借金を帳消しにしてもらっていた。こうして条元は美堂藩の藩主となったのであった。

 佐谷明をこの世から抹殺したことにより、条元の目的は達せられた。美堂藩の藩主となったのは、その目的を実行するための手段にすぎず、もしこのまま斎国に平穏な時が訪れれば、条元は単なる美堂藩の藩主として終わっていただろう。しかし、時代は突如として混迷を深めていくことになる。条国建国の遠因ともいわれるようになる四公子の乱が勃発するのである。

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