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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
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栄華の坂~44~

 「こうも上手くいくとはな」

 近甲藩軍を挟み撃ちにした条元は、まんまと佐谷明がこちらの仕掛けた罠にかかってくれたのでやや拍子抜けしていた。

 ただ条元は徹底的に佐谷明を追い詰めなかった。自軍の被害のことを考え、適度なところで攻勢を控え、佐谷明を逃がした。それでも近甲藩の三分の一程度の損害を与えることができた。

 「さて、我らも近甲藩の藩境まで移動しよう。佐谷明には火遊びに相応する報いを受けてもらう」

 条元としてはここで佐谷明を倒すことができた。しかし、それでは美堂藩の条元が近甲藩の藩主を戦場で倒したことになり、近甲藩で条元に対するしこりが少なからず残ってしまうだろう。それを避けるために条元は近甲藩の者達によって佐谷明を殺させる道を選んだ。

 「あとは符憲殿が上手くやるかですな」

 いつの間にか条春が兵車を寄せていた。精悍な顔は敵の血潮で汚れていた。

 「上手くやるさ。俺達と違って向こうは藩の命運がかかっている。個人的な恨みや野望とはわけが違うさ」

 条元としてはこれで亜好や魚然達の敵を討ったことになる。佐谷明がこの世から消えれば、道昇も立ち行かなくなるだろう。条元は静かに天を見上げて亜好達に敵討ちの報告をした。


 佐谷明は大甲まで敗走した。客観的には敗北した上での敗走であったが、佐谷明は負けたつもりはなかった。

 「大甲で態勢を立て直す。ふん、商人ずれは一回の勝利で浮かれているはずだ。そこを叩いてやる」

 佐谷明は条元が調子づいて大甲まで攻めてくると考えていた。そこれで戦力を拡充させて反撃するつもりでいた。しかし、大甲に近づくと異変を報せる報せが飛び込んできた。

 「大甲にて異変が発生した模様です」

 先行していた家臣が戻ってきた。青白い顔をして喘ぐように報告してきた。

 「異変とはどういうことだ!」

 「それが……」

 家臣が言い淀んだので、佐谷明はその家臣の胸ぐらを掴んだ。

 「言え!」

 「城門は閉ざされておりました。開門するように言うと、すでに干甫様が新しい藩主となられ、旧藩主の命令は聞けぬと言われました」

 「何を!」

 佐谷明は思わず剣を地面に叩きつけた。佐谷明が軍勢を率いて美堂藩に攻め入っている間に、談符憲を中心とした佐干甫派が蜂起し、空き家同然の大甲を乗っ取ってしまったのである。当然ながら大甲に残された者達はすべて佐干甫に忠誠を誓った。

 佐谷明は完全に逃げ場を失っていた。藩主になったばかりというのもあるが、近隣に誼を通じている藩や領はない。佐谷明自身が友好を求めなかったということがあったにしても、佐谷明の暴虐さはすでに白日の下に晒されているので、相手が友好を求めてくることもなかった。

 「こうなれば山野に隠れて捲土重来を待つか!」

 それで逆転できると思っているのが佐谷明という男の知性の限界であった。大甲から舞い戻ってきた家臣達は一人で納得表情をしている佐谷明を尻目に視線を交錯させると、一斉に飛び掛かって佐谷明を抑え込んだ。

 「何をするか!」

 佐谷明は叫んだが、数人の男にのしかかられると身動きが取れなかった。

 「干甫様からは佐谷明を捕らえると一邑を授けられるとのお触れが出ている。貴様らもここで大人しく下れば命は助かるぞ」

 隊長格の男が剣の切っ先を佐谷明の喉に当てつつ、救出しようとしていた家臣達を恫喝した。彼らは一瞬の迷いを見せたが、一人の家臣が剣を捨てると次々と剣を捨てて跪いた。

 「裏切者目が!」

 佐谷明の叫びは虚しく響くだけであった。


 佐谷明はその日のうちに大甲へと連行された。縄目を打たれた佐谷明は兵車に乗せられ連行された。大甲に入ると自分を救出してくれる者がいるのではないか、という淡い期待をしていたのが、そのような者は独りも現れず、大路に駆けつけた民衆はただ冷たい目を向けるだけであった。

 そのまま佐谷明は政庁の中庭に引き出された。そこには佐干甫がいた。まだ十五歳ぐらいで人としての優劣など判然としないと思っていたが、今、自分を見つめる佐干甫は動揺する澱みなど見せなかった。

 「そういう面をするような男だったとはな。恵文と同じように早々に見つけて殺しておくべきだったな」

 佐谷明としては脅しのつもりであった。しかし、佐干甫は眉ひとつ動かさなかった。

 「佐谷明。貴様には佐恵文様殺害の罪状がある」

 佐干甫の傍にいる男が偉そうに言った。佐谷明はきっと睨んだが、この男も動じなかった。

 「罪状?あいつには謀反の疑いがあったから殺したんだ」

 「恵文様殺害の罪により、佐谷明を打ち首のうえ梟首とする」

 男は完全に佐谷明の言葉を無視した。

 「待て!そのような罪状に証拠などあるものか!」

 「証拠ね。貴様が恵文様を殺した時にもどれほどの証拠があったのか」

 「談符憲。私は恵文兄上を慕っていた。あの優しい恵文兄上がそのようなことをするはずはない。証拠などあろうはずがなかろう」

 佐干甫が実にしっかりとした口調で言った。談符憲と呼ばれた男は頷いた。

 「佐谷明。この場にて斬首とする」

 斬首用の大刀を手にした処刑人が中庭に入ってきた。すかさず周りにいた男達が佐谷明の体を抑えつけた。

 「ふざけるな!俺は大甲藩の藩主であるぞ!俺は……」

 言い終わることなく、佐谷明の首が胴から離れた。一連の処刑を条元は建物の陰から見守っていた。

 

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