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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
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栄華の坂~42~

 佐谷明の書状に促され、箕政が慶師を出発したことは条元に知るところとなっていた。しかも美堂藩よりも先に大甲藩に寄ったことは条元にとってはまさに僥倖であった。

 「もし先にこちらにこられたら少々面倒なことになっていただろう」

 「しし、旦那様は悪さが染みついてきたようだな」

 条元は条耀子の酌を受けていた。条耀子は条元が考え事をまとめる時の良き話し相手であった。

 「悪さか。確かに俺はこのままでいくと大悪人だな」

 条元はこれを機に箕政に引導を渡してしまおうと考えている。そうなれば名実ともに条元が美堂藩の支配者となる。

 「ししし、ならが私は大悪人の妻で、この子は大悪人の子だな」

 条耀子は腹をなでた。条元は驚いて杯を落としそうになった。

 「子ができたのか?」

 条元は条耀子の腹をさすった。まだ膨らみはなく、条耀子はくすぐったそうに笑った。

 「まだ腹は出ておらぬ。どうも最近体調が悪かったので医者に診せると懐妊だと言われた。この私が懐妊だぞ。不器量者と言われ、嫁の貰い手などないと笑われていた私が……」

 条耀子は愛し気に自分の腹をなでている条元の手に触れた。気丈な条耀子であったが、やはりそのことを気にして生きていたのだろう。

 「でかしたぞ。これで条家も安泰だ」

 「しし、この子だけじゃ可哀そうだ。もっともっと生ませてもらわんとな」

 今は無理じゃが、と笑った条耀子の唇を条元は無言で吸った。

 「勿論だ。条家はこれから益々栄える。子供は多い方がいい」

 「しし、ならば旦那様には子供達が食うに困らないほどの財を成すためにも精々悪事に精を出してもらわないとな」

 条元と条耀子は目を合わせて笑った。この夫婦は時を経ても仲睦まじく、三男二女を授かることになる。いずれも条国建国から草創期において影に日向に国家を支えることになるのであった。


 慶師を出発した箕政は、まさに物見遊山気分でゆるゆると堂上を目指していた。道すがら立ち寄る宿場町で美堂藩の様子を行商人達に尋ねてみたが、

 「条元様は良き家宰です。藩主が不在であっても藩を盛り上げ、美堂藩をより良き藩にしようと私心なく働いておられます」

 と口を揃えて条元のことを褒めた。勿論これは条元の指示によって条隆が行商人達にばらまいたものであった。

 「やはり条元は頼りになる男ではないか。条元が藩を乗っ取るなどおかしな流言だ」

 箕政はそう言って従者と笑いあったが、近甲藩に入るとその笑顔が引きつった。まるで戦時中のような様相の大甲で佐谷明は軍勢を組織して箕政を待ち構えていたのである。

 「こ、これはどういことだ!」

 佐谷明と会った箕政は詰め寄った。佐谷明はやや馬鹿にしたような視線を無遠慮に箕政に投げつけた。

 「どういうことも何もありません。貴方のために条元を討って差し上げるのですよ」

 「馬鹿なことを!わしはそんなことを望んでいない」

 「しかし、条元は今や家宰として貴方の断りなく美堂藩の政治を壟断している。隣藩の誼としてこれを正して差し上げるのです」

 「条元はそのような男ではない」

 「はは、箕政殿は底抜けのお人よしですな。考えてもごらんない。一介の商人である条元が謝家の娘を娶って家臣となってからですぞ。明家が滅び、丁家も滅んだ。その全ての謀略の中に条元がいたのは間違いないでしょう」

 「しかし……」

 箕政は言い返せなかった。斎公の離宮を作るための借財をさせ、その担保として謝家の娘を娶ったのは事実であり、明成を滅ぼすための算段をした策謀の主は条元であった。そして丁徴を死に追いやったのも結果として条元その人であった。全ては条元の策略であったのかと箕政はこの時になってようやく気づかされた。

 「まぁ、安んじてご覧あれ。すぐに条元などを追っ払って進ぜましょう」

 佐谷明は高らかに笑った。箕政は何も言うことがなかった。


 箕政が大甲に入り、条元を討つために佐谷明に軍勢を出すように懇願した。そのような情報が美堂藩を駆け巡った。それだけではなく、

 『御屋形様は佐谷明の軍勢を借りるために我が藩の領地を割く約束をしたらしい』

 『いやいや、領地だけではなく通行税も差し出したらしいぞ』

 『先に近甲の連中が攻めてきたのもそのためだったのか』

 『何たることだ。条元様は藩のために善政を行っておられるのに、それを滅ぼそうなんて。挙句に我が藩の差し出すとは……』

 美堂藩の家臣団は概ね箕政への反感を強めていった。彼らからすると、明家と丁家が滅んだことにより収入が増え、藩の政治に参与できる機会が増えた。おまけに条元は藩のために善政を行っており、目立った過失はない。これを討つというのは正気の沙汰ではないと思えた。

 『御屋形様は慶師での生活で阿呆になられたのだ。今や我らは条元様こそ頼みにすべし』

 多くの家臣達がそう思う中、かつての主君への思いを断ち切らした決定打を生んだのは藤可であった。

 「私は家宰殿を支持する。我が藩の大地と命脈とも言うべき通行税を取り上げられ、どうして家宰殿が討たれなければならないのだ。御屋形様は佐谷明に騙されたというべきだろう。近甲の軍勢が御屋形様を引き連れて攻めてきたとしても、断固戦うべし」

 すでに条元に篭絡されている藤可の一言のよって美堂藩の意思は統一された。すべて条元の狙い通りであった。

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