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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
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栄華の坂~38~

 条元は傷が癒えると自ら陣頭指揮を執って襲撃してきた下手人捜しをした。丁徴からの見舞いの使者に見せた温和さがまるで嘘であるようにその探索は苛烈さを極めた。

 「この堂上において御屋形様の臣である私を襲ってきたというのは御屋形様への反逆であり、美堂藩の秩序への挑戦だ。徹底的に捜し出せ!」

 条元は怒りを隠さなかった。勿論、襲撃事件は条元の自作自演であるから下手人などいるはずがない。この茶番は反条元派への挑発であり、丁徴を追い詰めるためのものであった。

 条元としてはこれを機会に反条元派を一掃してしまおうと考えていた。そのため探索は苛烈を極めた。そうなると動揺し、慌てふためくのが反条元派の家臣達であった。特に丁徴宅を訪ねてきた急先鋒の家臣達は窮鼠となっていた。そして無謀にも、

 「それであるならば条元を我らで襲い、家宰殿をもって条元一派を粛清すべきだ」

 ということで一決し、武具の収集を始めた。これが仇となった。美堂藩の流通は、すでに白竜商会を仕切る条隆に握られており、彼らの動きはすぐ様は判明した。

 「彼らは馬鹿です。今や美堂藩の経済を仕切る白竜商会が条家のものと知らぬのですかな」

 条隆は嘲りながら条元に報告してきた。

 「馬鹿であるから我らもやり易かろう。春、連中の拠点は分かっているな」

 「勿論です」

 「よし、すぐに全員ひっとらえるぞ」

 すでに丁徴宅を訪ねていた家臣達が誰なのか把握している。条元はその日のうちに全員を一網打尽に捕らえた。捕らえたのは四人。いずれも日頃より条元のことを悪し様に罵り、排除すべきだと声高に叫んでいる急先鋒であった。条元は四人を別々の牢に入れ、拷問同然の尋問を行った。当初は何も語らぬか、条元を批判する言葉を吐き続けてきた彼らであったが、拷問に耐えきることができず、やってもいない条元襲撃を自白し、丁徴を首領ににして条元一派を排除する準備を進めていたことを告白した。


 条元が下手人の探索に本腰を入れたことを丁徴としては見守るしかなかった。下手に動けば彼らが自分の邸宅を尋ねていた事実が露見して、あらぬ腹を探られてしまう。そもそも丁徴にはこの騒擾に対して自分を埒外に置くための行動力も才幹もなく発想もなかった。ただじっと見守るしかできなかったという方が正確かもしれない。

 『流石の条元も私を排除しようとは思っていないだろう』

 条元の専横に不安と不満はあるものの、面と向かって条元を非難し、美堂藩から叩き出そうとは考えていなかった。仮に条元を排斥する必要性が出てきてもそれを行うのは自分ではないと考えていた。その認識の甘さは自分に対しても向けられていた。自分は明成ほど権勢家ではないし、原望共のような野心家でもない。そんな自分を力をもって排斥などしないだろうと丁徴は勝手に思い込んでいた。だから、

 「家宰に内乱の疑いあり」

 という風評が立ち始めた頃にはすべてが手遅れになっていた。


 その点、条元のやり様はきめが細かい。条元は慶師に早馬を飛ばし、自らが襲われたことと、その下手人が丁徴を筆頭とした家臣の一団であることを告げた。この第一報に接した箕政は半信半疑であった。

 「何かの間違いであろう。丁徴とはそのような男ではあるまし」

 箕政は君主であるだけに丁徴という男を正確に理解していた。丁徴に謀反を起こすほどの器量はないと見てすぐには信じなかった。

 「事実でございます。家宰殿は過激派家臣達を集め、武具を収集しておりました」

 箕政にそう吹き込んだのは条隆であった。商用で慶師を訪れることが多い箕政は、その度にご機嫌伺をしていた。条隆は箕政にとっては慶師における唯一の情報源となっていた。

 「まことであるか?」

 箕政は長年仕えてきた家臣ではなく、新参の家臣の親族の方を信じた。

 「条元に命じる。丁徴を捕らえろ!捕らえ次第、わしが堂上に帰り、自ら尋問する」

 この時点ではまだ箕政は丁徴を捕らえて自ら尋問する程度のことしか考えていなかった。

 「承知しました」

 条隆は単なる商人でしかないにも関わらず、箕政の命令をもって美堂藩へと帰っていった。


 「御屋形様からのご命令だ。謀反人、丁徴を誅せよとのことだ。これよりこの条元の命令は即ち御屋形様の命令であると心得よ」

 条隆によって持ち帰られた命令は条元によって書き換えられた。世上は条元に同情的であり、寧ろ善政を敷こうとしている条元に敵対している丁徴達を悪とする空気感が美堂藩には漂っていた。家臣団においてはまだ半々といった感じであったが、民衆はほぼ条元のことを指示していた。条元にとってはまさにこれほどの好機はなかった。条元は自ら軍勢を率いて丁徴の屋敷へと出陣した。

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