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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
557/959

栄華の坂~35~

 条元の名声がうなぎ上りで高まっていく。条元が参政の場について一年余り過ぎたが、人口は増加傾向にあった。それに比例するようにして藩の収入も増え、藩の公庫はわずかながらも潤いつつあった。

 民衆の生活も良い方向に向上していった。民衆を最も喜ばせたのは福利厚生施設の充実であり、特に薬院などの医療施設を民衆のために建設するような為政者は中原のどこを探してもいなかった。

 「それらを実現させてくれたのは条元様という謝玄逸様の娘婿らしい。まこと聖人と言うべきだろう」

 市井の人々は憚ることなく条元を褒め称えた。そのような声は条元だけではなく箕政の耳にも達していた。

 「藩庫が潤うだけではなく、民衆も喜んでおる。条元のことを褒めぬ者はいないというではないか」

 箕政は上機嫌であった。条元が褒められるというのは、それを起用した自分の手柄であると信じて疑っていなかった。

 「畏れ入ります。それもすべて御屋形様の徳の賜物です」

 条元は心にもないことを言って箕政を煽てた。この主君は知らぬのであろう。条元の名声があがる一方で、箕政の陰口を言うものも少なからずいるということを。世間では、

 『箕政様は条元様に全てを投げ出し、自分は藩の金を浪費することしか知らぬお方だ』

 『条元様からの借金を部下に押し付けて踏み倒して、今は条元様の英知に縋って享楽にふけっている。まこと藩主とは気楽な仕事よな』

 というのが箕政の評判であった。尤もそれらの悪評は箕政の耳には入らないほど小さなものであったが、着実に増えつつあることを条元は知っていた。条元は次の手を打つことにした。

 「御屋形様。家宰殿と御協議いただきたいことがあります」

 「ほう、何か?」

 「御嫡男の養育のことです。明成の謀反で有耶無耶になっておりますが、慶師へ留学させるかどうかです」

 「ふむ。忘れていたわけではないが、そろそろ決めてやらねばなるまいな。条元はどう思う?」

 「これは藩のことではなく御家中のことでございます。臣が口を挟むようなことではありません。家宰殿とご相談ください」

 「そうかもしれんが、いざ慶師に留学するとなれば、慶師につてのある白竜商会の手を借りることにもなろう。そのうえで条元の意見も聞いておきたい」

 「もし留学させるのであればお早い方が良いと思います。他の藩や領では幼年のころから親子共々慶師に住み着いて養育しているといいます」

 「それは知っておる。そうさな、わしも慶師に行った方がよいかなぁ」

 箕政は明成に呼び戻されてこの方、金銭的な面もあって慶師に戻ろうとはしなかったが、慶師への憧れを捨てずにいた。

 「よくよく熟考ください。私の方は南殷様へのご協力を取り付けておきます」

 「ほう。南殷様か。懐かしいのぉ」

 箕政は遠い目をしていた。慶師での生活を懐かしみ、許されるのであればすぐにでも慶師へと棲み処を移したいと考えているようであった。

 条元が下がると箕政はすぐに丁徴を呼んだ。嫡子である箕徳の養育を慶師で行いたい旨を告げた。

 「よろしいかと思います。今の美堂藩と箕家は以前のものとは違います。いずれ徳様も慶師においてご活躍をせねばならぬ時が参りましょう。慶師でご勉強されれば、都育ちとして箔がつきますし、良きご学友もできましょう」

 丁徴は即座に賛同した。主君に阿ることしか知らぬ丁徴の頭脳には反対という二文字は存在していないかのようであった。

 「そうか。ついてはわしも慶師で徳の面倒を見ようかと思っているのだが、どうだろうか?」

 「それもよろしゅうございましょう。しかし、問題となってくるのが……」

 「金か?それならば安心せい。すでに条元が手配してくれておる」

 「ははぁ、条元殿が。流石は商人というべきでしょう」」

 丁徴は侮蔑するわけではなく、心底感心しているようであった。

 「家宰であるそなたが賛同するのであれば問題あるまい。すぐにでも条元に手はずを整えさせよう。わしが留守の間は、三人でしっかりと美堂藩を守ってくれ」

 「承知いたしました」

 丁徴は恭しく頭を下げた。丁徴としても箕政がいない方が気が楽であった。

 箕政は早速条元に箕徳の養育方針が決まったことを伝え、慶師での生活の手はずを整えるように命じた。その一か月後には箕政親子は慶師へと出発していくという慌ただしさであった。

 そして箕政が故郷の美堂藩に帰って来ることはなかった。

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