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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
556/964

栄華の坂~34~

 条国の高祖条元、美堂藩の家臣なり。

 条国の歴史書には条元の素性は美堂藩の家臣として始まる。それ以前の経歴については当の条元は隠すつもりはなかったが、後世に歴史書を編纂した者達によって封印されていた。

 ともあれ条元は箕政の家臣となった。しかもいきなり丁徴などとともに参政する立場に入り、世間を驚かせた。

 「これで俺は箕家の家臣となった。商会は隆に任せる」

 条元は弟達を呼んでそう告げた。流石に参政しながら商会の切り盛りはできない。条隆には商人としての才覚が十分あり、すでに実績もある。任せて問題なかった。

 「承知しました。存分に稼いで参ります」

 「春は俺の家臣となり行動を共にしろ。これから色々と血生臭いこともある。お前にはそっちの方が向いているだろう」

 「承知」

 条春も商人をやるよりは体を張る方が性に合っていると自負していた。

 「それで兄上。これからどうするつもりですか?」

 条隆は尋ねてきた。条元にはすでに計画があった。

 「最終的な目的のためには民衆の支持が必要だ。そのための布石を打つ。まぁ見ておくことだ」

 しばらくは大人しく家臣として忠実に働く。それこそが条元の方針であった。


 参政の立場に立った条元がまず行ったのは美堂藩の人口を増やすことであった。

 『この藩は人口が少なすぎる』

 美堂藩は小藩であるが、それにしても人口が少なかった。通行税を主な収入源にしているため農業や工業に従事する住民が少なく、それらを増やすという発想もなかった。

 条元の試算では美堂藩ぐらいの規模ならば五万人程度の住民がいてもおかしくなかった。しかし、今の美堂藩には一万人程度した住民がおらず、人口増減の推移もここ数年変わっていない。政治というものが美堂藩において行われてこなかった証拠であった。

 『五年で七万人程度までもっていきたい。そうしなければ美堂藩は立ち行かなくなる』

 人口を増やして産業を興さなければ、経済的にも軍事的にも富強になれない。当然のことであったが、その当然のことを今まで美堂藩では行われてこなかった。

 そもそもこれまでの美堂藩の家臣というものに藩を経営するという概念はほぼなかった。それは通行税という何もしなくても入ってくる収入があるため、藩そのものを富ますということを考える必要がなかったのである。そのため条元が口にする提言に丁徴も藤可も異論を唱えなかった。唱えるだけの藩経営に対する見識も経験則も彼らにはないのである。

 「まずは藩の人口を増やしましょう。我が藩は主上の覚えもよくなりましたが、今のままでは小藩と侮られます。人口を増やして産業を興すころで藩を富ませ、経済的にも軍事的にも一目置かれる存在にならねばなりません」

 この条元の発言は箕政の心を打った。もとより世間から小藩と侮られていることを潔しとはしていなかった箕政からすれば、まさに自分の願望を体現させてくれる条元の言葉であった。

 「条元の言うとおりであろう。よきようにせい」

 箕政は何ら疑いを持たず条元に信頼した。


 箕政の許しを得た条元がまず行ったのは堂上の他に宿場町を作ることであった。今の美堂藩には邑と呼べる規模の集落がなかった。必然的に人口は堂上に集中していたので、それを是正させたかった。

 「宿場町を増やせばより多くの商人が訪れて長逗留してくれましょう」

 これまで堂上に宿が集中していたので宿の数が限られており、短期滞在で出立する商人も少なくなかった。宿を増やせば宿泊日数を増やす商人も出てくるであろうし、そうなれば美堂藩に落ちる金も増えてくる。当然ながら宿で働く人が美堂藩に定住するという効果も考えてのことであった。

 条元の政策はそれだけではなく、薬院などの医療施設や劇場などの娯楽施設など住民の福利厚生となる施設の建設も行った。それらの経費は明家から原家から没収した財産で補うことができた。

 「いかに彼らが搾取していたかだ。民衆も分かるだろう」

 条元の狙いは単に美堂藩を富ますだけではなく、民衆を喜ばせる善政を敷くことで名声を高めることにあった。条元の最終的な目的に必要なのは、箕政の信頼でもなければ、家臣団の政治への無関心でもない。民衆の支持であった。

 「旦那様は悪人じゃな」

 この頃になると条耀子は条元は成そうとしていることを察していた。そのうえで条元の活躍を面白く眺めていた。

 「俺が悪人か?」

 「悪人じゃな。今では民衆の多くが旦那様を聖人と呼んでおる。その旦那様が藩を盗ろうとしている。ししし、民衆は気づかぬうちに旦那様を藩主と崇めることになるんだからな」

 まさに奇術じゃ、と条耀子は手を打った。

 「奇術か。確かに中原では誰も見たことのない奇術であろうな」

 条元の奇術はまだ始まったばかりであった。

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