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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
555/964

栄華の坂~33~

 明成を誅殺した原望共は意気揚々と引き上げていった。深夜ではあったが、報告のために箕政の屋敷へと向かいながら、これで家宰になれるという興奮で一杯になっていた。

 『これからは俺の時代だ』

 原望共の甲冑は明成の返り血で染まっていた。その血は原望共の成した偉業の証でもあった。

 箕政の屋敷には篝火が焚かれ、武人達が警護するように門前に立っていた。さながら戦場の本陣のようであった。

 「ご開門願おう。原望共、謀反人明成を見事討ち果たしましたぞ」

 原望共が得意げに明成の首を掲げると、門が開いた。原望共は家臣達を外に待たせ、藤可、丁徴を引き連れて門の中に入った。玄関先には箕政が出迎えに出ていた。興奮の頂点にいた原望共は箕政の隣に当然のようにして控えている謝玄逸の存在も、門が閉じられたことにもまるで気がついていなかった。

 「御屋形様、見事に明成を討ち果たしました」

 原望共が明成の首を差し出した。箕政は覿面に嫌な顔をしながら口を開いた。

 「罪人、原望共を捕らえよ」

 箕政が言うと、藤可と丁徴が原望共を背後から押さえつけた。明成の首がごろりと落ちた。

 「な、何を!」

 「原望共、関所の通行税を着服していること、すでに露見しておるぞ」

 と言ったのは謝玄逸であった。彼の手には原望共が管理している関所の帳簿があった。

 「馬鹿な!そのようなことなど!」

 「ここ数年、独自に関所の通行を記録しておいた。おぬしが認めた帳簿と随分と差があるぞ」

 箕政は言い放った。その独自で調査した資料を原望共に投げつけると、原望共は拾い上げて目を通した。原望共の顔が青ざめていった。

 『何故露見した……』

 原望共が不正をしているのは事実であった。美堂藩では家臣が独自で管理している関所もあった。当然そこで得た通行税は一定額を箕家に上納しなければならない。原望共は数年前からその通行税を低く報告し、上納金をごまかしていたのである。

 「御屋形様、これは……」

 「問答無用だ。丁徴、斬れ」

 「はっ!」

 丁徴は即答した。すでに丁徴も事前に知っており、知ったうえで明成討伐にも参加したのだろう。

 「私ははめられたのだ!」

 それが原望共の最期の言葉となった。丁徴が振り下ろした剣が原望共の首と胴体を切り離した。


 明成、原望共といった有力家臣団が箕政を軽んじ叛いてきた。それらを排除することができたが、箕政の心に暗い影を落としていた。

 『家臣共は信頼が置けない』

 箕政はそう思うようになっていた。家宰を空位にするわけにはいかないので、ひとまず丁徴が家宰となった。と言っても、美堂藩の有力五家のうち明家、原家がなくなり、謝玄逸はすでに隠居同然となっている。丁徴と藤可が話し合いで家宰を決め、年長であるという理由だけで丁徴が家宰となったいた。

 丁徴にしろ藤可にしろ箕政にとっては毒にも薬にもならぬ存在であった。明成のようなあくの強さもなければ、原望共のような怜悧さもない。美堂藩の有力家臣として大過なく過ごせればいいと考えているような連中だと箕政は見ていた。

 『謝玄逸を復帰させたいが、その気はないらしい。そうなれば条元が欲しい』

 条元は明成を排除するために色々と骨を折ってくれたらしい。また原望共の不正についても進言してきたのは条元であった。条元は近甲藩にいる時から商用で堂上に来るたびに原望共の管理する関所を怪しく思っていて調査させていたらしい。その先見の明も条元を手元の置いておきたい理由でもあった。

 「条元を家臣にしたい。どうだろうか?」

 箕政は早速に丁徴、藤可、謝玄逸の前で切り出した。

 「よろしいかと思います。明氏、原氏がいなくなり、この場も寂しくなりました。条元は辣腕家のようなので、当家にとっても救いとなりましょう」

 真っ先に賛同の意を表したのは丁徴であった。箕政の機嫌を取るためでもあるが、丁徴としても条元は自分を家宰にしてくれた恩人でもある。無碍にはできなかった。

 「私も同意見でございます。条元は商人にしておくには惜しい逸材です」

 藤可も異論を挟まなかった。彼もまた長いものに巻かれるつもりなのだろう。

 「そうかそうか。玄逸はどう思う?」

 「私としても婿が御家中に入ることは喜ばしいことです。しかし、ひとつ条件があります」

 「条件?」

 「私の隠居です」

 謝玄逸は澄み切った顔を箕政に向けた。

 「隠居だと?」

 「はい。我が婿を御家中に加えるのならば、私はこの場を去ります。条元は義理とはいえ我が息子です。同じ一族の者が藩の政治を担うこの場に二人いるのはよろしくありません」

 「わしとしては玄逸にもいて欲しいのだが、意思は固いのか?」

 謝玄逸は頷いた。そこに後悔の色はなく、寧ろ晴れ晴れとしていた。

 「婿殿は私の三倍は働きましょう。私などは足手まといです」

 「そうか」

 箕政は謝玄逸の意思を尊重することにした。このようにして条元は箕政の家臣となった。

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