栄華の坂~32~
「武具はいつ届くのだ」
原望共が箕政に呼びつけられた翌日の夜、明成は条春を呼び寄せて武具の調達具合について尋ねた。
「明後日には。およそ二百名分の武具を納品できそうです」
「そうか。それだけあるなら、原など敵ではないな」
「しかし、事が事ですので早急に集めました。できますれば、先に半分でもお代をいただければ助かるのですが」
明成はふっと笑った。まるで憐れむような嘲笑であった。
「商人は抜け目がないな。分かった、後でもっていけ」
「ありがとうございます」
「その代わり、少し付き合え」
明成は杯を条春に勧めた。すでに明成は赤ら顔であった。
「お受けしたいのですが、これより武具の運搬を裁量せねばなりませんので」
「そうか。では、原を討ち果たした時の祝杯として後日の楽しみとしておくか」
「その時はぜひお呼びください。無礼のお詫びといってはなんですが、慶師で入手した極上の酒を置いて帰ります。ぜひご賞味ください」
「それはありがたい」
明成は満足そうに条春が差し出した酒瓶を受け取った。それは条春からの手向けとなることを明成は勿論知らなかった。
条春は明成のもとを辞するとすぐに原望共の屋敷に飛び込んだ。屋敷には甲冑姿の武人が犇めき合っていた。その中には藤可や丁徴もおり、条元のみ平服であった。
「明殿。御在宅」
条春は条元に向かってそれだけを言った。条元は頷き、それを隣で聞いていた原望共が声を上げた。
「聞いてのとおりだ。謀反人、明成は在宅である。我が美堂藩のために明成を討てとの御屋形様のご命令だ。諸君、存分に働きたまえ」
原望共が号令すると武人達は鬨の声をあげて、出撃していった。
「それでは私はお屋形様の下へ」
殿を行く原望共に条元は声をかけた。
「おう。勝報をお伝えすると御屋形様に申し上げてくれ」
原望共は意気揚々と出撃していった。条元は満面の笑みで原望共を送り出した後、条春を連れて箕政の屋敷へと向かった。
明成はしたたかに酔っていた。条春が帰ってからも彼の置き土産である銘酒を片手に一人で飲んでいた。
「原を排除すれば、丁氏も藤氏も俺に従うしかないだろう。娘を借金のかたにした謝氏なんてもっての外だ」
明成は先代家宰である謝玄逸を最も評価していなかった。箕政の言いなりになって娘を借金の担保にしたような男を評価する気にもなれなかった。これで美堂藩を実質的に自分のものだという自負が明成にはあった。
と言っても藩主を箕政から取って代わろうという気はまるでなかった。せめて今の箕政を排除して嫡子を擁立する程度のことしか考えていなかった。
「俺の代で美堂藩を天下に鳴り響く武の藩にしてみせる」
明成はそれを夢想しながら酒をあおり、いつしか眠りに落ちていた。
寝入っていた明成は家臣に揺さぶられるまで外の物音に気が付かなかった。
「殿。外が騒がしゅうございます。起きてください」
「う、ううん」
酒臭い息を吐くように欠伸をした明成は完全に意識が朦朧としていた。何がどうしたとも言えず、立ち上がろうとしても足元がふらついた。
「殿!」
「うるせえぇ」
荒々しい足音が容赦なく近づき、明成のいる部屋に甲冑姿の武人達が流れ込んできた。やや意識がはっきりとしてきた明成は、その武人の先頭にいる男を見て唖然とした。
「原望共……。どういうつもりだ……」
「御屋形様のご命令だ。謀反人明成、誅殺致す」
原望共が言っていることを咀嚼するのに時間がかかった。その間、家臣が明成の前に立ち行く手を塞ごうとしてくれたが、数人の武人に取り押さえられた。
『先を越されたか……』
明成はようやく事態を把握した。しかし、酔いは抜けきらず手足が思うように動かなかった。
「覚悟されよ!」
原望共が剣を抜いた。明成は剣を探したが、周辺にころがっているのは瓶だけであった。
「おのれ、奸賊!」
それが明成の最後の言葉であった。容赦なく振り下ろした原望共の剣が明成の胸を斬り裂いた。明成が家宰であった時は一年にも満たなかった。




