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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
552/962

栄華の坂~30~

 原望共が箕徳の養育について動いている。その意味を明成は正確に理解していた。

 『原の奴は俺と対立しようとしている』

 原望共は丁徴や藤可と異なり野心的であった。若年ながらその言動には美堂藩の中心に入り込もうという意欲があり、それを包み隠すようなこともなかった。箕徳の養育に関することについても、箕政に阿るつもりで動いているのだろう。

 「あの小才子め」

 今の五家の実力からすると、原望共が明成に勝ち得ることはまずありえない。しかし、箕政という君主の笠に着れば、他の有力な家臣を味方につけて明成を凌駕してくるかもしれない。明成は十分警戒しつつ、原望共の動向を探らせることにした。そして、原望共が箕徳の養育を餌にして箕政に取り入ろうとしていることがほぼ事実であると知れた。

 「我が兄は原殿の依頼により慶師から書物を大量に取り寄せ箕徳様に献上しており、そのことについて御屋形様は大層喜んでおられるようです」

 情報流出の源泉は条春であった。条春は毎日のように明成の屋敷に通い、有益な情報を流していた。

 「おのれ、原め!」

 「明様。このままでは原殿が力を得ましょう。私も正確には把握しておりませんが、我が弟が武具を各地から必死に集めている様子。ひょっとすれば……」

 「俺を討つというのか?」

 「さてそこまでは……」

 「あり得ることだ。条春、今後とも奴の動きを探ってくれ」

 「承知ましたが、万が一のこともあります。明様の方でもご準備をなされた方がよいかと思います」

 確かにそうだ、と頷いた明成は、条春に武具の発注をした。条春は恭しく頭を下げて了承した。


 当然ながらと言うべきか、明成の動向はすべて条元に伝えられた。

 「こういう演技は隆の専売と思っていたが、春もなかなかやるな」

 「慣れぬものだ。できれば俺ではなく隆の専売にしてくだされ」

 「そういうわけにもいかん。隆と言えど体はひとつだ。それにあいつの軽薄さは明成には受け入れられないだろう」

 その条隆は条元の命令によって本当に武具を集めまわっていた。その武具は原望共に納入されるものであった。

 「明殿から武具の発注をいただきましたが」

 「前払いで料金を貰おう」

 「悪いお人だ、兄貴も」

 そう言いながらも条春は、明日にでも申してみましょう、と言い残して席を立った。

 「ししし、旦那様は悪いことを考えているようで」

 条春と入れ替わるようにして条耀子が瓶を載せた盆をもって姿を現した。夫婦になってまだ日は浅いが、接するたびに聡明さを感じるようになっていた。

 『この女性は相当聡い』

 条元達が為そうとしている野望については語っていないが、薄々と察しているようであった。そしてそのことについて父である謝玄逸に話すようなこともなく、寧ろ成り行きを楽しみにしているようであった。

 「聞いていたのか?立ち聞きとは感心しないな」

 「しし、夫婦じゃないか。隠し事する方がよほど感心しない」

 そうじゃないか、と言いながら条耀子は条元の隣に座った。杯を条元に渡すと酒を注いでくれた。

 「確かにそうだ。俺はこの美堂藩を震わすようなことをしようとしている」

 「ほうほう」 

 条耀子は目を輝かせた。まるで冒険小説か古の英雄譚を聞いている少年のようであった。

 「ひょっとすれば義父上に迷惑が掛かるかもしれんぞ」

 「しし、今の私は旦那様の妻だ。旦那様が為さることについていくまでだ」

 条耀子も手酌で酒を美味そうに飲んだ。彼女は見た目から想像できぬほど酒が強かった。

 「それは心強い」

 そのように言う以上、条耀子は条元を裏切らぬだろう。

 「ならばいずれお前にも役に立ってもらうことになろう。その日まではじっくりと事の成り行きを眺めているのだな」

 「そうさせてもらおう。しし、旦那様の妻になってよかった。どうにも退屈しないで済みそうだ」

 この嫁は死ぬまでの退屈しないであろう。まだ遥か先の未来は分からぬが、少なくともここ数ヶ月後には美堂藩がひっくり返るような事態が起こるのは確かであった。

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