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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
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栄華の坂~28~

 「御屋形様が私を?」

 久しぶりに謝玄逸に呼び出されたと条元は、箕政が自分のことを召そうとしていることを聞かされた。

 「左様左様。御屋形様はすっかりと慶師での生活にかぶれ、国都での雅た生活を懐かしんでおられる。その手の話し相手を求められても、堂上におらんと申されてな。そこで婿殿がその手のことに通じておることを思い出してな」

 御屋形様におすすめしたのだ、と謝玄逸は身を乗り出すように言った。

 「その手と申されても……私のは耳学問です」

 確かに条元は知識として歌舞音曲、有職故実、詩文、有職故実に通じている。しかし、それらは実家にあった書物で知り得た知識であり、実戦でのそれではなかった。

 「構わぬさ。要するに御屋形様は気の合う話し相手が欲しいだけなのだ」

 条元は思案した。謝玄逸の娘婿となり、いずれはそのつてで箕政に取り入るつもりであったが、こうも早くその機会が巡ってくるとは思っていなかった。

 『家中を混乱させ、その上で箕政に取り入るつもりであったが、手間がはぶけた』

 条元からすれば願ってもないことであった。

 「では、御屋形様にお伝えください。お召しとあらば参上致しますと」

 「そうか。御屋形様もお喜びになるだろう」

 謝玄逸は満足そうに頷いていた。


 翌日の晩、条元は早速に箕政に召し出された。箕政の屋敷には何度か伺候したが、商用以外では初めてのことであった。

 『しかし、これは……』

 屋敷の内部には調度品が増えていた。いずれも慶師の公族貴族、あるいは大商人でなければ持っていなさそうな高価なものばかりであった。

 『金策をどうしているのだ……』

 謝玄逸が家宰の座を降りたことにより、箕政は謝玄逸を通じて借金するということができなくなった。そのため白竜商会からの新たな借金はない。新たな家宰となった明成がその便宜を図っているのだろうか。

 『明成は根っからの武人だ。そんな真似はしないだろう』

 そうなれば箕政の金策はますます謎であった。

 箕政の私室に通されると、そこにも壺や書画などの美術品が並べられていた。ただそれらに美術的な統一性がなく、品の無さが感じられた。

 「おお、条元。よく来た。まぁまぁ座れ。そして飲め」

 箕政は機嫌よさそうであった。条元は箕政の前で腰を下ろしながら、並べられている美術品を見渡した。

 「あれは顔柳会の書でございますね。それにあの壺は古印窯のものでございましょう」

 「ほう。分かるか。流石条元だ」

 「手前も商人でございます。金貸しだけではなく、これらの商材も扱う時もありますので」

 「そうなのか?何故それを早く言わん。では、雲増院の国辞の写本を知っているか?」

 「勿論、知っております。以前、静国のさるお大尽に頼まれて取り扱ったことがあります」

 「まことか?ぜひ手にしてみたい」

 「承知しました。探してみましょう」

 「う、うむ、頼むぞ。ああ、こういう話が通じる男が身近にいたとは嬉しい限りだ。丁徴などは顔柳会の字をみみずと言いやがった。美を理解できぬ粗野な男はどうにも困る。おお、いきなり盛り上がってしまったな、まず飲め」

 箕政が瓶を差し出したので、条元は杯で受けた。

 「しかし、凄い数でございますね。資金はどうされたのですか?」

 「借りた。慶師で故意にしている商人が何かと骨を折ってくれた。条元ばかりに借りるのは申し訳ないからな」

 「左様ですか。しかし、家宰殿が黙っておりますまい」

 「ふん。あの無骨者にこれらの価値など分からんよ。慶師の土産程度のしか思っておらんわ」

 「人それぞれに得手不得手というものがございましょう」

 「やはり謝玄逸が家宰であった方がよかったわ。少なくともわしの趣味に理解を示してくれた」

 条元は密かに失笑した。趣味といっても斎公から官位をもらい、慶師に入り浸ってからの趣味ではないか。それ以前の箕政は明成や丁徴などと同じような感性の持ち主ではなかったか。

 『人のことをよく言えたものだ』

 そう思いつつも、今の箕政の腑抜け具合は条元にとっても都合がよかった。

 「そのように仰るものではありますまい。もしこのような話が家宰殿が聞きつければ、我が義父の立場が危うくなります」

 「義父思いよな、条元は。謝玄逸が羨ましいわ。わしに娘がおれば、お前に嫁がせてもよかったのだが……」

 「御屋形様には御子がおられましたな」

 「うむ。十二歳になる。なかなか聡明な子でな」

 箕政という君主は女性関係には淡白で、正妻以外には妾が一人いるだけであった。その正妻との間に生まれた男児が一人いるだけであった。

 「よき嫡子がおられてなによりです」

 「もう二年すれば、慶師に留学させようと思っているのだ」

 「それそれは……」

 よろしいことで、と言いながら、条元は箕政の息子について使えると思った。これからは家臣団に亀裂を生じさせる段階へと移行していた。

 

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