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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
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栄華の坂~27~

 白竜商会への借金の一件により、謝玄逸は家宰の座を降りることになった。代わって家宰の座に就いたのは明成であった。

 「俺が家宰となった以上、俺のやり方でやる」

 明成は家宰に就任すると堂々と他の四家当主の前で宣言した。藩のおける家宰とは国における丞相のようなものであった。藩の運営は家宰に委ねられることになり、明成はこれまでの謝玄逸が取ってきた路線を変えるということであった。

 明成は決して独善的な権勢家ではなく、得た権力で私腹を肥やしていこうという人物ではない。どちらかといえば古典的な武人であり、美堂藩を隣の近甲藩のような文武で名声を得ている藩に憧れを持っていた。そのため斎公に媚びを売るようにして藩の名前を上げようとするやり方に反感を抱いていた。

 明成が家宰になって最初に行ったのは慶師に入り浸っている藩主の箕政を呼び戻すことであった。謝玄逸が条元からの借金で両手をあげてしまったことも、そのことで謝玄逸が家宰の座を降りたことも、そして代わって明成が家宰となったことも、すべてこの藩主には事後報告となっていた。

 「なんてことだ!わしがおらぬうちに!」

 明成からの書状を読んだ箕政は、怒りに任せてその書状を握りつぶした。しかし、元を正せば箕政の名誉欲から発した借金のよる家宰の交代劇であり、その間、ろくな用事もないのに慶師に入り浸っていた責任も箕政にはあった。ともかくも明成が家宰となった以上、謝玄逸のように金を無心すれば送ってくれるようなことはなくなったので、箕政は渋々堂上に帰ることにした。


 家宰の座から降りた謝玄逸は、家臣の一人となってしまったが、そのことについて残念に思うようなことはなかった。寧ろ家宰として最大の懸案であった借金問題が解決し、しかも行く末を案じていた一人娘が嫁いでくれたのである。肩の荷が下りるとはまさに今の謝玄逸のことであった。家宰を辞してから一か月もすれば痩せていた体が肥えていき、見るからに健康体になっていた。

 「肥えたな。顔にも艶が出てきて元気そうだ。それほど家宰が重荷だったか」

 久しぶりに箕政に呼び出されて対面すると、いきなり愚痴のようなことを言われた。左様ですとも言えず、謝玄逸は愛想笑いをした。

 「御屋形様もお元気そうですが……」

 「そう見えるか?確かに体はすこぶる元気だ。何しろ毎日鍛錬をしているからな」

 箕政は不服そうであった。勿論、毎日の鍛錬など箕政が望んで行っているわけではなく、明成に強要させられてのことであった。

 「良きことではござませんか」

 「良いことあるか。これでもわしは斎慶宮に出入りを許された九等官だぞ。こんな田舎で日々武芸の修練など虚しくなるわ」

 箕政はわずかながら慶師に住み続けたことにより都暮らしにかぶれてしまったらしい。家宰をしていた時ならば、また頭痛の種がひとつ増えたことになるが、今の気楽な立場からすると苦笑しか漏れなかった。

 「慶師はいいぞ、詩文について語る者がおり、歌舞音曲を嗜む者もおる。斎慶宮の社交場にいけば雅た公族貴族達が杯を酌み交わし、芸術論に花を咲かせる。わしにとっては夢のような時間であった」

 明成ほど武人としての無骨さを持ち合わせていない謝玄逸であったが、流石に箕政の気持ちは分からなかった。

 「お前が家宰であった時が懐かしい」

 箕政はおそらく本心で言っているのだろう。ありがたかったが、謝玄逸としてはどうにもならぬことであり、また家宰をやりたいとも思わなかった。

 「仰いますな。家宰は我ら五家の協議で決められるもの。それに謂わば私が身を引くことで白竜商会への借金もなくなったのです」

 「それよ。いや、条元への借金の件ではない。どうして我が家の家宰をわしが決められんのだ?」

 「それが古来からの習わし故……」

 「古来よりなぁ。わしは今を生きておる。どうして古来よりの習わしとやらに束縛されねばならんのだ」

 箕政は不満そうに杯を叩きつけるように置いた。

 「せめて雅た話のひとつでもできればよいのだが、この堂上にそのような奴がおるか?」

 「それならば心当たりがあります」

 「ほう、誰か?」

 「条元殿でございますよ。慶師におったことは知っておりましたが、婿となって色々と話しておりますと、なかなか典雅なことにも通じておりますようで」

 「条元とな……。確かに立ち居振る舞い、言動は商人のそれではなかったな。よし、条元を召せ」

 箕政は手を打って喜びを表した。謝玄逸としても婿となった条元が箕政の気に入りになることは決して悪いことではなかった。

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