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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
548/961

栄華の坂~26~

 謝玄逸の娘を得る。それこそが条元の当初からの目的であった。端から通行税など眼中になく、あくまでも本当の目的を隠すための偽装でしかなかった。

 では、何故わざわざこのような偽装を行ったのか。素直に謝家の娘が欲しいと言えば拒否されただろう。あるいは不器量と噂のある娘であるから謝玄逸も許したかもしれない。しかし、そうなった場合には周囲、特に明成達が条元のことを怪しむかもしれない。あの不器量な娘を嫁にして条元は謝家に取り入ろうとしているのではないかと。

 『今の段階で四家に睨まれるのは面白くない』

 そこで考えたのが五千万銀の借財と娘を担保する契約であった。遠回しであるが、この方法であるならば怪しまれることなく計画を進められると判断したのであった。

 実際に条元が謝玄逸の娘を娶るということが公になっても条元に猜疑の目を向ける者はいなかった。寧ろ明成などは

 『借金を踏み倒されたにも関わらず、不器量な娘を娶ることになるのだから条元が気の毒だ』

 と発言していた。

 世間もまた条元に同情した。世上の人々は、一年目から返済できなかったのは意図的であり、しかも不器量な娘を無理やり担保にさせられたと見ており、条元という善人の商人は箕政と謝玄逸に騙されたと見ていた。

 『これでいい』

 すべては条元の計画どおりであった。


 婚姻は恙無く行われた。謝家の娘が婚期を過ぎており、しかも商家に嫁ぐことから式などはなく、僅かな家財道具と数人の下女だけをつれて条元の家に輿入れしてきた。

 「ところで我が家に輿入れにくる娘の名前を知っているか?」

 玄関先で新妻を迎える直前になって条元が言った。知りませぬ、と弟の条春が応じた。条春には話していなかったので知らぬのは当然であった。

 「耀子様と仰います。兄上、我らにとっては義理の姉になるのですからしっかりと覚えておいてくださいね」

 末弟の条隆が耳元で囁いた。条隆にも名前については話をしていないから独自に調べたのだろう。

 「まぁ、そういうことだ。我らの目的のためには必要不可欠なご婦人だ。俺と同じように接するようにな」

 謝耀子が乗った馬車が見えてきた。それほど立派なものではない。条元が所有している物の方が豪奢であった。

 馬車が門前に横付けされると、客車から背の低い女性が降りてきた。腰近くまで伸びた髪はぼさぼさで、前髪もざんばらに伸びきっており顔が完全に隠れていた。

 「ははは。借金のかたとして嫁に来たぞ」

 あどけない声であった。条元の前に立つと胸のあたりまでしか身長がなかった。胸のふくらみもほとんどなく、まさに童女のようであった。

 「不服ですかな?」

 「いや、とんでもない。この世の中に借金のかたとして嫁にきた女などいないだろう。私はそれが愉快だ」

 謝耀子は本当に愉快そうに笑った。どうにも変わり者らしい。条元は謝耀子の前髪をかき上げた。顔には小さなできものがあったが、くるりと丸い目はきらきらと光っていた。

 「存外かわいらしい顔をしているな。髪をきれいにすき、前髪をあげれば不器量などとは言われないだろうに」

 「ししっ。私は自分の見た目には興味ない。そんなことよりも大金を失ってまで不器量な女を娶ろうとする殿方の方が興味がある」

 謝耀子が口角を上げて笑った。条元は一瞬どきりとさせられた。まるでこちらの意図を知り抜いているような言い方であった。

 「何を仰る」

 「ししっ。私は元殿との生活が楽しみだ」

 油断ならぬ女性だと思いながらも、その聡明さは愛すべきであろうと思えた。

 謝耀子が条家に嫁いでて来たその晩、条元は謝耀子を抱いた。当然ながら生娘であり、亜好のような男をそそるような肉体ではなかったが、未知の経験への貪欲さを見せた謝耀子の姿は条元としても新鮮な気分となった。

 「元殿は面白い殿方だ。これからも私に色んなことを体験させておくれ」

 「それは俺も同じだ。そなたといると退屈しなさそうだ」

 「そここそ私の科白だ。私を存分に楽しませて欲しい」

 謝耀子は閨の中で忍び笑った。この女性こそが後に条元の国盗りを大いに助け、条国の国母となるのであった。

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