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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
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栄華の坂~25~

 破綻への足音を最もいち早く聞き分けたのは謝玄逸であった。家宰として箕家の財政も預かる謝玄逸は早くも一年目の返済で息詰まるのではないかという不安にかられていた。

 「最初の五年は利息のみとはいえ、大金の利息となれば侮れない……」

 条元は五千万銀を貸付ける条件は、年利金利五分五厘であり、年単位での返済であった。五千万銀なら二百七十五万銀が利息となる。それを年度末に返済しなければならない。勿論、そのような試算は事前にしており、謝玄逸もなんとか返済できると思っていた。しかし、白竜商会への返済金以外に思いもよらぬ出費が重なっていた。箕政の慶師での逗留費である。

 実はここ数ヶ月、藩主の箕政は堂上にいなかった。慶師に逗留し、社交界に入り浸っていた。斎幽より官位を貰ったのに気を良くした箕政は、より藩と自分の知名度を高めようと斎慶宮に通い、公族貴族と交わっていた。彼らも斎幽に璧の柱を献上した美堂藩の財力を甘い蜜と見て、取り入ろうとし、箕政もその期待に応えようと事あるごとに金銭を送るように文を寄こしてきた。

 「借財の返済のために節制していただかなければならないのに……」

 謝玄逸は何度も何度も箕政に自重する旨の書状を出した。しかし、返信はなしのつぶてであり、逆に追加の金銭を所望をしてくるほどであった。

 「この一年は返済できるかもしれない。だが、翌年はどうか……。五年後には元金の返済も始まるのだぞ」

 背中に冷や汗が流れた。考えただけでも胸が締め付けられそうだった。このままでは美堂藩の通行税は担保して条元に取られてしまう。藩の収入源を商人に借金のかたとして取られるなど前代未聞であった。

 踏み倒す、という選択肢もある。だが、それこそ美堂藩の名誉を損ねることになり、無理な借金までして斎公の歓心を買ったのかと世間から嘲笑されるだけであろう。

 「残された道はまだあるが……」

 それは謝玄逸自身が犠牲になることであった。建前上、箕政への借金は謝玄逸を通じてなされている。要するに書面上借金をしているのは謝玄逸なのである。それを逆手に取り、通行税を担保とした証文を偽物だとして、本来嘘であるはずの娘を質草にした証文こそ本物であると無理押しすることができないでもなかった。

 「だが、それをすれば条元は二度と金を貸さないだろう」

 それはそれで破綻への道でしかなかった。窮した謝玄逸はやむを得ず条元を呼び出して、素直に話すことにした。


 「条元殿、このままでは借金は返せぬ……。すまぬ」

 上座に座る謝玄逸は下座に座る条元に深々と頭を下げた。条元は謝玄逸がそう言ってくる日を待っていたのだが、こうも早いとは思ってもいなかった。

 『元金返済の五年後とは思っていたが……』

 それほど美堂藩と箕家の財政はきついのだろうか。どちらにしろ条元としては好都合であった。

 「謝様。まだ一回目の返済も始まっておりませんが……」

 「分かっておる。しかし、色々と出費が重なり、その一回目すら怪しい状況なのだ」

 謝玄逸は涙ぐんでいた。借金が返せぬことを正直に話し、そのことを心底悔い恥じている。今の支配者階級にいる武人としては稀有なほどに純粋な人物であった。

 「それは困りましたなぁ……」

 「条元殿、一年、支払いを猶予してもらえまいか?」

 「……」

 条元は難しい顔をした。表面的には支払いの猶予について思案しているようであったが、実際の思案は別にあった。

 『一年猶予してもいいが……』

 条元の当初の計画では、五年後の元金の返済が開始した頃に支払いができなくなり、次の段階へと進むつもりであった。しかし、その想定を上回ってきた。いきなり次の段階へと進むべきなのかどうかの判断に迫られていた。

 『そうだ。俺に目的は遥か先にある。ここで躊躇ってどうする』

 条元は決断した。ここは速やかに先に進むべきだろう。

 「猶予はできませぬ。商人にとって契約こそすべてです。ここでこの契約を曲げてしまえば、他の契約についても曲げざるを得ず、商人としての信用をなくしてしまいます」

 それが信義というものです、と条元はわざと怖い顔をした。謝玄逸は身をすくめた。

 「また今回の契約は我らにとっても大金でございます。一年でも支払いを遅らせるわけにはいきません」

 「私にどうしろと言うのか……」

 「すべては契約通りに。担保のお嬢様を頂くことにします」

 項垂れていた謝玄逸が顔を上げた。瞳の淵に涙をためながら不思議そうに条元を見ていた。

 「なんという顔をなさっているのですか?証文にも書いておりましょう」

 「しかし、それは偽の……」

 「偽も本物もありますまい。強いて言えばどちらも本物。しかし、こうすれば……」

 条元はあらかじめ用意していた二つの証文のうち、通行税を担保にした方の証文を破いた。

 「条元殿、それでよいのか?」

 「もとより私は万が一の場合はこうするつもりでした。謝様、そして美堂藩には恩があります。商会を堂上で再建することをお許しいただいた。その恩をどのような形であっても、お返ししたかったのです」

 「おお、条元殿……。しかし、知っておろうが、我が娘は不器量で……」

 「商人の妻に器量などいりませぬ。私は寧ろ、貴方と縁を持たせていただきたい」

 「条元殿!」

 謝玄逸は声をあげて泣いた。条元は舅となる人を満面の笑みで見守っていたが、すべては条元の計画通りであった。

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