栄華の坂~23~
二か月後、璧の柱が印国から届いた。条元は箕政を伴って州口へと向かった。州口は斎国唯一の貿易港であり、印国との交易窓口であった。
条元達が港口に到着すると、巨大な船舶が停泊していた。璧の柱を運搬するために条元が雇い入れた商船である。
「おお、なんという巨船だ。このような船が世の中にあったのか」
箕政は浮かれ騒いでいた。他国と交易をする場合、この程度の大きさの船舶は普通なのだが、南方にしか港口をもたない斎国の人々からすると、海洋と船舶は珍しいものであった。箕政が従えてきた家臣の中には海を見るのも初めての者もいるほどであった。
「巨大な璧の柱です。これほどの船でなければ運べません」
船舶から板が桟橋にかけられ、巨大な柱が慎重に陸にあげられた。そのまま柱を運ぶため特別に注文した台車に乗せられた。風雨を凌ぐために幕がかけられているが、僅かに除く隙間から璧の色の美しさが見えた。箕政は吸い寄せられるように柱に駆け寄った。
「良い璧だな。よくやった」
条元は運搬を裁量した弟の条隆を褒めた。条隆はまだ少年のようなあどけなさを残していたが、仕事内容はすでに一人前であった。
「ありがとうございます。印国の商人もこれほどのまでの璧は久しぶりだと言っていました」
「いくらした?」
条元は声を潜めた。こればかりは他の人間に聞かせられない。
「一千万銀ほど」
箕政や謝玄逸には五千万銀と言っていたが、実際にはそこまでかからない。単に吹っ掛けただけなのだが、それでも一千万銀は安すぎた。
「えらく安いな。二千五百万銀ほどの予定ではなかったのか?」
「手配した商人が印国で少々悪さをしておりましてね。それをちらつかせると随分と安くしてもらいました」
条隆はひひっと笑った。条元はつられて苦笑するしかなかった。
「条元、見たか!見事な璧ではないか」
興奮気味の箕政が顔を真っ赤にして帰ってきた。
「畏れ入ります。裁量したのは我が弟条隆です。ぜひ褒詞を賜れればと思います」
「そうか。条隆、よくやった」
お褒めに預かり光栄です、と条隆は如才なく言った。
箕政は自ら列の先頭に立って璧の柱を璧湖まで運んだ。途中、堂上に立ち寄り、家臣や民衆に璧の柱を披露した。民衆達は自分達の君主の富貴とその使い道に眉を顰めつつも、表向きは箕政の誉れを寿いだ。明成をはじめとする家臣達も、璧の柱を間近で見ると息を飲んで我が君主が為そうとしていることが偉業であると感じていた。
箕政をさらに狂喜される情報がもたらされた。斎公-斎幽が璧湖まで来て箕政を待っているというのである。
「なんと主上が!」
箕政は飛び上がらんばかりに喜んだ。州口から璧湖まで三か月かかったが、この間箕政はずっと浮かれており、箕政からするとあっという間の時間であった。
璧湖の到着すると、離宮の建築はかなり進んでいた。徳政令を出すような世の中ながら、斎幽という権力者は浪費することをやめるつもりはないらしい。寧ろ借金が無くなったのだから、また思うままに浪費できるとさえ思っているようでもあった。
箕政は斎幽に到着した旨を報告する使者を出した。すると斎幽自身がやってきて、箕政を労ってくれた。
「おお、なんとも見事な璧であるな。どこから調達したのだ?」
斎幽自ら声をかけてきた。美堂藩程度の小さな藩の藩主が斎幽から直に声がかりがあるなど稀有なことであった。
「はっ。印国産です」
当然ながら直答もできた。これだけでも箕政にとっては末代まで誇れる名誉であった。
「ほう、印国な。あそこは鉱物の名産地と聞く。運んでくるのも大変であったろうな」
「はい。贔屓にしておる商人も骨が折れたと申しております」
「左様か。しかし、見事である。美堂藩の忠臣、天晴である」
斎幽もまた見事な璧の柱を見て興奮し、有頂天になっていた。その夜の宴席に箕政を招き、隣に座らせて親しく話かけた。
「箕政よ。余はそなたの忠心に対して何事か報いなければならない。どうだろう。官位を欲しくないか?」
「官位でありますか?」
官位とは卿や次官のような閣僚の役職ではなく、名誉的な称号に過ぎない。それでもその称号を持っていれば箔はつき、慶師の社交界で馬鹿にされることはない。何よりも斎幽から賜ったというの証にもなった。
「ありがたき幸せでございます」
箕政は感涙して平伏した。箕政からすれば人生の絶頂期にあった。しかし、絶頂期というのは人生の頂点であり、後は下り坂が待っているだけであった。




