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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
544/959

栄華の坂~22~

 箕政は得意の絶頂にいたが、綻びはすぐに始まった。美堂藩が勅命により璧の柱を調達したことはすぐに世間に知れた。

 美堂藩では月の一度、五家が箕政の館に集まって藩政について議論する場が設けられていた。五家のひとつである丁家の当主丁徴は早々に声を荒げて発言した。

 「勅命を受けたのは我が藩の誉れだ。しかし、その金がどこから出ているのか?」

 当然の質問であった。丁徴の追及に箕政と謝玄逸は顔を見合わせた。このような追及がいずれあることは想定しており、条元から事前に助言を受けていた。

 「資金は白竜商会から借りた」

 箕政自らが答えた。正直に話すと言うのが条元からの助言であった。

 「白竜商会から……」

 丁徴はやや鼻白んだ。丁徴もまた白竜商会に世話になっている者の一人であった。

 「条元の好意により、通常よりも長期で低利子で借りた」

 謝玄逸が付け足すように言った。続けて具体的な数字をもって貸付条件を話すと、丁徴は納得したように数度頷いた。

 「条件はそれでよろしいでしょうが、担保はいかがなっておりましょう。白竜商会が担保なしで貸し付けるとは思えません」

 鋭い指摘をしたのは原望共。五家の中では最も家格が低く、原望共自身も五家の当主の中では一番の若年である。それだけに言葉遣いは丁重ながらも、発言の内容には鋭利さを持ち合わせていた。

 「担保は……私の娘だ」

 答えたのは謝玄逸であった。原望共達は何とも言えぬ顔をした。勿論、この担保についてのみ嘘であった。

 謝玄逸には一人娘がいた。その娘以外に子供がおらず、本来であるならばその娘が婿養子を取り謝家を継がせるのだが、娘は婚期を迎えてもまだ独り身でいた。理由はその娘が不器量であるからだった。そのことは美堂藩では有名であり、謝玄逸にとって悩みの種となっていた。

 「ほう。家宰の娘御とは……これはこれは」

 やや嘲笑するように言ったのは藤可。藤可だけではなく、他の当主達からしても謝家の娘の存在は注視すべき存在であった。もし謝家の娘が婿養子を取れば謝家が続くことになるが、誰かの嫁となれば謝家は断絶する。謝家が断絶すれば家宰の座は空位となり、収入の分け前も増えることになる。口にこそ出さないが、四人の当主達は謝家の断絶を願っていた。

 「ま、これで我が藩も斎国で名を轟かせる存在となるのならよいではないか。問題は滞りなく返済できればよいのだ。なぁ御一同」

 締めくくるように言ったのが明成。五家の中では最も家格が高く、謝家が断絶した場合、次の家宰となるのは明家であると言われていた。

 白竜商会への借財については他の当主達は納得したようであったが、謝玄逸にとっては屈辱的な時間であった。


 屋敷に戻った謝玄逸は、寝椅子に腰を下ろすとぐったりと脱力感に襲われた。一仕事終えたという感触もあったが、それよりもあの場で自分の娘を引き合いに出させねならなかったことが謝玄逸の心労を高めていた。

 「だが、これでいい」

 跡取りのいない謝家はどうあっても廃絶の憂き目に遭う。それならば一時の恥辱を受けようとも、主家のためになるのであればと思って一人娘を質にするという屈辱的な嘘をついたのであった。

 「一層の事、条元が貰ってくれればよいのだが……」

 謝家が廃絶するのは仕方がない。それについてはもう諦めている。しかし、一人娘の将来が心配であった。

 「条元は男振りがいい。あれは商人にしておくのが惜しい」

 見目もそうであるが、条元には胆力がある。武人として美堂藩に仕えても十分に能力を発揮してくれるだろう。

 「私は何を考えているのだ……」

 我ながら馬鹿なことを考えた、と苦笑しながら反省していていると、その一人娘が廊下を歩いているのが見えた。ぼさぼさになった長い髪を搔きむしりながら、小躍りするように走っていた。何をしているのか何処へ行こうとしているのかまったく不明であった。

 「あれで二十歳か……」

 謝玄逸は暗い気分になってきた。娘とはここしばらく話をしていないし、話をするつもりもなかった。この気分を脱するには家宰としての職務に勤しむことしかなく、璧の柱の一件が無事に終わることを祈るしかなかった。

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