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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
542/959

栄華の坂~20~

 「さて、他でもない。主上が璧湖で建築しようとしている離宮の件だ」

 酒が進んでくると、謝玄逸が切り出してきた。

 「実は斎慶宮より内密に特使が来た。御屋形様に建築の手伝いをせよというものだ。条元、おぬしが慶師で運動をしたのか?」

 謝玄逸がやや困惑した表情で言った。彼は家宰として完全に乗る気ではないらしい。しかし、それに対して箕政は実に嬉しそうに酒を飲んでいた。

 「まさか。慶師には参りましたが、そのような暇はございませんでした。しかし、斎慶宮の皆様は主上の離宮を誰に手伝わせるかという話はよく聞きました。確かに御藩の名前もその中にありました」

 勿論嘘である。ここで条元が動いて特使が来たと思われるのは得策ではなかった。

 「ほほっ。そうか!我が藩の名前が出ていたか」

 箕政が嬉しそうに手を打った。隣で妾がおめでとうございます、と気の早いことを言った。

 「しかし、特使というのは……。勅使ではないのですか?」

 特使というあくまでも非公式の使者である。

 「問題はそこだ。あくまでも打診であり、わしが諾といえば正式に勅使が派遣される」

 「ははぁ。主上も体面を重んじたのでありましょう」

 斎公はこれまで離宮建設を各藩主に下命しても断られることがあった。今度は断れる前に内意を確認しておこうということだろう。

 「わしは受けたいと思っている。だが、金がない。璧の柱とは本当に五千万銀もかかるものなのか?」

 「五千万銀とはあくまでも相場でございます。そもそも主上が建設しようとしている離宮の規模も分かりませんから、一般的に大きな璧の柱がどれほどになるかを申し上げたまでです。ひょっとすれば五千万銀より安いかもしれませんし、高いかもしれません」

 「ふむ。左様よな」

 「それに璧の質もあります。主上に献じるのですから、当然質の良い璧ではないといけませんでしょう。市井に出回っておるような薄い色の璧ではどうにもなりますまい」

 「それよ。そもそも離宮の柱になる様な璧が取れるのか?」

 謝玄逸が割って入ってきた。

 「ございます。家宰殿からお話いただいた時より物のついでとばかりに色々と調べておりましたら、南部の州口の商人ども言うには印国からならば手配できるとのことです」

 「なるほど。印国は鉱物資源が豊富な国だからな」

 「ですが、印国といえどもそのような代物がいつでも手に入るわけではありません。もし御屋形様がお望みでしたら急がれた方がいいでしょう」

 他の誰かに手配されてしまいます、と条元言うと、箕政は顔を渋くした。

 「他の藩ならば藩主に二つ返事で動くんだろうが、我が藩はどうにもなぁ……」

 箕政がちらりと非難するように謝玄逸を見た。

 「御屋形様。私とて藩の名誉のためにもご下命を受けたいと思っております。しかし、無い袖は振れないのです」

 「分かっておる。だからこそ条元を呼んだのだろう。条元、五千万銀を貸す担保に我が藩の通行税を求めているようだが、それはなんとかならんか?」

 なんともならないから通行税を担保にあげたのである。そんなことも理解できないのかと条元は苦笑するしかなかった。

 「勿論、そのほかに五千万銀に相応しい担保あれば、そちらでも構わないのですが」

 実は条元には別の担保候補もあった。実はそちらの方が本命なのであるが、まだ手の内を見せるわけにはいかなかった。

 「別の担保なぁ……」

 「担保はあくまでも担保でございます。一番肝要なのは返済の条件でございます。五千万銀とは大金ですので、利息も低めに設定致しますし、返済期日も長期となります」

 条元はここで甘い餌を巻いた。あまり担保の話ばかりをして箕政が斎公からの下命を拒否してしまっては元も子もなかった。条元はかなり甘い条件を提示した。

 「本当にそれで良いのか?」

 その条件の緩さは謝玄逸が身を乗り出すほどであった。

 「返済は二十五年とします。しかし、最初の五年は利息のみの返済とします」

 冷静に考えればこれほど馬鹿げた条件はなかった。最初の五年は利息のみなので返済が容易いように思えるが、後年になればなるほど利息に元金が加わり返済が厳しくなる。将来的に収入が増えることを見越しての返済手法である。

 「もし今回の件で斎公の覚えがめでたくなれば、領地の加増などもありましょうし、世間的にも御屋形様の知名度が上がり、美堂藩に立ち寄る商人も増えましょう。そうすれば通行税の収入もおのずと増えてきます。これは商人達の間ではよく行われる先行投資というものです」

 先行投資というよりも博打であろう。まともな商人ならばまずやらない筋の博打である。

 「それにあくまでも御当家の借財は家宰殿を通じて行われております。御当家の中で済ませてしまえば、他のお家の方々にも迷惑はかかりますまい」

 お早めにご決断を、と条元は念を押した。箕政と謝玄逸は目を見合わせていた。明らかに借財する方向に揺れ動いているのは確かであった。

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