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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
541/959

栄華の坂~19~

 箕政が逡巡している間も条元は動いていた。条元自ら慶師に出向き、斎慶宮の要人達に会っていた。

 条元にとっては久しぶりの慶師であった。食うか食わぬかの宿無しで会った時から何も変わっていない慶師の光景が広がっていた。

 「変わったのは俺か」

 今や条元は斎慶宮の要人と会える立場である。その立場を得たのは自分を白竜商会へと誘ってくれた亜好と魚然のおかげであった。

 「これから不愉快な仕事をしなければならない。これも二人への敵討ちの一環だと思うしかないな」

 条元は馬車を御している黄絨に声をかけた。条元は美堂藩に商会の拠点を移してから、黄絨と水唯を呼び寄せて雇っていた。この二人も条元達の遠大な計画を知る数少ない人間であった。

 「不愉快ですか?」

 「そうだ。斎慶宮にいる連中は商会から金を借りているという立場のくせに、見せかけの地位をちらつかせて尊大に振舞う。ま、地位を誇ることでしか生きていけない連中だからな」

 その連中が斎慶宮とその周辺で身の丈以上の贅沢をして暮らしている。あるいは条元がこれから戦わねばならないのはそういう連中であるかもしれなかった。

 数週間、慶師に逗留した条元は、斎慶宮に詰める公族貴族、その家臣達に会い、金銭をばらまきながらも、璧湖での離宮建築について美堂藩に下命があるように吹聴して回った。

 「私は美堂藩で商売をしておりますが、かの藩はこのご時世でも潤っております。しかも、藩主の箕政は主上へ厚い忠誠心を持ちながらも、その機会がないことを悔やんでおりますぞ」

 条元は決まってその科白を言い残していった。多くの要人達は、

 「そうかえ」

 と言うだけであったが、興味津々であった。もし彼らが斎公に美堂藩のことを吹き込み、その結果下命があって箕政がそれに答えたとなれば、その手柄は彼らの者になる。興味を持たぬはずがなかった。

 「これでいい」

 条元は確実な手ごたえを感じながら慶師を後にした。


 慶師での条元の活動は思いのほか早く実を結んだ。慶師を尋ねてから一か月後、謝玄逸からすぐに来るようにという使いがやってきた。しかも謝玄逸の屋敷ではなく、箕政の屋形に来いというのである。

 『来たか……』

 逸る気持ちを抑え、ゆっくりと支度をした条元は箕政の屋敷へと伺候した。到着すると待ちかねていた謝玄逸自らが迎え出て奥へと案内してくれた。

 奥向きの部屋に通されるとすでに箕政が妾を侍らせて酒を飲んでいた。あくまでも私的な場で話をしたいということらしい。公式の場であるならば条元は部屋の中には入れず、次の間から膝をついて拝謁しなければならないのだが、奥向きの部屋ならばそのような儀礼は無用である。

 「おう、来たか。遠慮は無用だ、入れ」

 箕政が言った。まだ四十半ばぐらいの年らしいが、それ以上の年齢に見える顔つきであった。

 条元はここで一度膝をついて一礼した。早う、と箕政が促したので足を進めた。条元は箕政と対面するように下座に座り、その中間ぐらいの位置に謝玄逸が二人を見渡すように横向きに座った。

 「飲むか?」

 箕政が杯を差し出した。勿論断ることもできず、杯を受けると香の匂いがきつい妾が酒を注いでくれた。

 「条元は斎国の各地を商売で旅しておろう。これがどこの酒か分かるか?」

 箕政が言った。箕政がこういう戯れが好きな男であることはこれまでの付き合いで知っていた。

 『この人にあるのは劣等感だ』

 条元はそのように見抜いていた。だからこそ斎国各地から酒を取り寄せることができることを自慢したいのだろうし、斎公の離宮に璧の柱を建てたいと願うのも劣等感から始まっていた。

 「これは……洛水のものですね。透き通る様な喉越しは唯一無二のものです」

 「ほほっ。流石は条元よ。よく分かる」

 箕政は上機嫌になった。

 「この酒の良さが分かるのはこの美堂ではわしとお前だけかもしれんぞ。他の奴らは誰も分からなかったし、酒さえ飲めればいいという連中ばかりだからな」

 このような発言も箕政が抱く美堂藩が世間から見れば知名度がなく田舎であることへの劣等感が出ているのだろう。謝玄逸はただ苦笑いをしていた。

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