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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
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栄華の坂~15~

 翌日の晩。条元は剣を背中に背負い、談符憲と密かに道昇の屋敷へと向かった。すでに襲撃の手筈は整っている。談符憲の仲間が肥汲むとして道昇の屋敷に密かに出入りしており、亜好らしい女性の所在を掴んでいた。

 条元は襲撃した後の手筈を整えていた。すでに商会で必要な書類はほぼ持ち出しが完了している。そのためすぐでにも大甲を去ることができるので、邑の外に馬車に乗った黄絨を待機させていた。亜好を助け出したら、そのまま美堂藩へと向かうことになっている。

 「符憲、お前はどうするのだ?」

 「仲間の所に駆け込む。旦那の迷惑にはならないようにする」

 「商会には戻らないつもりか?」

 「また食うに困ったら助けてもらうさ」

 それでいい、と条元は思った。談符憲は商人の真似事をするよりも武人の道を歩く方が適切であるように思えた。

 道昇の屋敷は大甲の中心街にある。佐家に出入りする政商なだけに敷地は広く、警備をしている荒くれも多い。

 「しかし、今晩は佐谷明が来る。奴は荒くれ共に酒を振舞い酔い潰れるまで飲んだくれる。まさに好機だ」

 すでに佐谷明は道昇の屋敷に到着しているらしい。二人は肥汲みに扮した談符憲の仲間が認め絵図面を頼りに屋敷の北側に回った。北側の一角に壊れて修理された壁があった。実は修理されているように見せかけて、修理に使った板が取り外しできるようになっていた。これも談符憲の仲間が事前に準備をしてくれた結果であった。

 「佐谷明とは相当嫌われているのだな」

 「奴を支持しているのは一部の取り巻きだけだ」

 板を外して敷地の内部に潜入すると、改めて絵図面を確認した。それによると亜好らしい女性が軟禁されているのは、ちょうど対角線上の反対側に位置する離れにいるようである。

 「俺はひとまず亜好がいるという離れに行く。符憲、お前はどうする?」

 「屋根裏に忍び込んで、佐谷明の様子を探る。もしすぐにでもできるようなら、そのままやるつもりだ」

 「半刻ほど待ってくれ。亜好を助け出すには時間が必要だ」

 「……了解した。では、姉御を頼む」

 そう言い残し、談符憲は起用に屋根へと登っていった。談符憲の背中を見届けた条元は、身をかがめながら庭を進んだ。

 幸いにして見張りなどは見られなかった。途中で騒ぎ声が聞こえたから、そこで宴会が行われているのだろう。亜好を救出するには好都合であった。

 離れが見えてきた。そこにもやはり見張りはいなかった。誰も亜好を奪い返してくるとは思っていないのだろう。離れの小屋の壁際に張り付き、聞き耳を立てた。窓からは仄かに明かりが漏れていたが、物音はしない。亜好しかいないと判断した条元は、窓からそっと小屋の中を窺った。虚ろな姿の亜好が何をするでもなしに椅子に座っていた。条元は窓を叩いた。はっと顔を上げた亜好は、窓の外にいるのが条元であると分かると、ぱっと喜色を表しながら駆け寄って窓を開けた。

 「条元様!」

 「亜好、すまなかった。ここを出よう」

 亜好が何度も激しく頷いた時であった。窓と反対側にあった扉が開いた。そこには目つきの鋭い若者が立っていた。

 「何だ、そいつは!」

 「谷明様……。逃げて!」

 あの若者が佐谷明なのか。そう思う間もなく、佐谷明が悪鬼のようの目を吊り上げて腰に帯びていた剣を抜いた。

 「商会の人間か?ひょっとして貴様が条元か?あの時、いなかったから命があるものを。わざわざ死にに来たか」

 あの時とは商会が襲撃された時のことだろうか。そうだとすれば、佐谷明も襲撃犯の一人ということになる。

 『魚然達の敵だ!』

 談符憲には悪いが、ここで敵を討たせてもらう。条元はそっと腰の剣に手を伸ばした。しかし、条元が佐谷明を討とうと小屋に乱入すれば、仲間を呼ばれてしまう。条元はわずかに躊躇いを見せた。

 「逃げて!」

 亜好が再度叫んだ。そして、佐谷明の動きを止めようと腰に縋りついた。

 「離せ!くそ女!」

 佐谷明は何ら躊躇うことなく亜好の背中に剣を突き刺した。亜好は悲鳴とも思えぬ声をだして、佐谷明の腰にまとわりついたままぐったりと膝をついた。

 「亜好!」

 「ちっ!曲者がいるぞ、殺せ!」

 動かなくなった亜好を足で払いのけると、佐谷明は声を上げた。条元としては逃げるしかなかった。

 『すまない!亜好!』

 不甲斐ない男だ。条元は自己嫌悪に陥りながらも離れ小屋に背を向けていた。

 急に屋敷内が慌ただしくなってきた。佐谷明の声に反応して、荒くれ達が騒ぎ出したのだろう。条元が屋敷に侵入してきた場所まで戻ってくると、ちょうど屋根から談符憲が降りてきた。

 「どうなったんだ?旦那」

 「亜好の部屋で佐谷明と出くわして、亜好が斬られた……」

 「なんと……。それで宴席にいなかったのか」

 「情けない男だ。敵を取れず、みすみす亜好を死なせてしまった」

 このまま引き返して刺し違えてでも魚然と、そして亜好の敵を討ちべきなのだろう。条元はそう思いなおして立ち上がったが、談符憲に肩を押さえられた。

 「旦那。軽挙は避けるべきだ。生きていればまた機会が訪れる」

 「符憲、お前は悔しくないのか?」

 「俺は何年も耐えてきたんだ。また捲土重来を待つさ」

 行こう、と談符憲は板を外して屋敷の外に出た。条元も後ろ髪を引かれながらも談符憲に続いた。二人はその日のうちに近甲藩から姿を消した。

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