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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
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栄華の坂~14~

 道昇の屋敷へと忍び込むと決めると、談符憲は商会に居つくようになった。それでいて日中は商会の仕事を手伝うわけでもなく、どこかへ出かけていった。

 尤も談符憲の商会での仕事といえば金庫番のようなものであったので、細々とした事務作業などをしていなかった。それでも魚然をはじめ働き手がいなくなってので、猫の手も借りたい状況であったが、条元は好きにさせることにした。

 賊に襲われた後、条元は商会の拠点を大甲から余所に移すことを考え、その作業を行っていた。どこに移すかは決めていた。

 「美堂藩が良い」

 美堂藩はなんといっても交通の便がいい。多くの商人達も通る場所なので、商売もやり易いであろう。すでに先に商談を尋ねた箕家の家宰のである謝玄逸にはその旨を願い出る書状を送っており、その返事を待っているところであった。

 「どちらにしろ、道昇の屋敷を襲えば大甲にはおられんからな」

 早々に移転できるように人足を雇って書類などを美堂藩に送らせる手筈を整えていた。

 晩になると談符憲は帰ってきた。いつもならばそのまま寝床に入るのだが、その晩は部屋で仕事をしていた条元のところにやって来た。

 「旦那、明日の晩に仕掛けるぞ」

 談符憲は唐突に言った。帳面に視線を落としていた条元が顔をあげると、いつもながら表情を顕にしない談符憲の顔がわずかに紅潮していた。

 「どういうことだ?」

 「好機ということだ。明日の晩には道昇が屋敷にいる」

 談符憲はずっと道昇の屋敷を見張っていたのだろか。条元はそれについて問うと、そうだと短く答えた。

 「符憲。俺はお前との付き合いは短い。それでも商会の一人として信頼している。だが、俺にはお前が何者なのかよく分からんのだ」

 道昇の屋敷に討ち入るとなると、当然ながら生死を賭けたものとなる。行動を共にする談符憲のことを無条件で信頼しなければならない。しかし、談符憲という男は条元にすべてを晒していないような気がした。そこを知らねば談符憲に背中を預けるわけにはいかなかった。

 「旦那は鋭いな」

 談符憲は苦笑いをした。その笑いに邪気は感じられなかった。

 「安心してくれ、旦那。俺は本当に手代の敵を討ちたいし、姉御を救いたいと思っている。だが、俺には別の目的もある」

 「その目的は教えてくれるのか?」

 条元が言うと、談符憲は少し困ったように視線を泳がせた。

 「俺の目的は佐谷明を殺すことだ」

 「佐谷明?確かに道昇の屋敷に出入りしているとは言っていたが……」

 「谷明は明日、道昇の屋敷に出向く。そこを狙うつもりだ」

 「そうなれば道昇の家臣も付いてきたりしないのか?」

 「しない。奴は家臣にまとわりつかれるのが嫌いだからな」

 「いやに詳しいな?お前、まさか佐家の人間なのか?」

 談符憲は少し間を置いてから、そうだと答えた。

 「正確に言えば、佐家の家臣だった……。付き合ってもらうんだ、旦那には話をおくか」

 観念したように談符憲は話し始めた。

 「佐険征様には三人の男児がいる。嫡子の谷明に次男の恵文様に三男の干甫様だ。俺の父が干甫様の傳役だったのだ」 

 「ほう。御父上がね」

 「干甫様の母は正妻ではない。妾腹の子だから佐家を継ぐ可能性は万に一つない。しかし、険征様は干甫様のことを可愛がっておられました」

 「なるほど。谷明がそれを嫌ったと?」

 「ああ。谷明は干甫様の母君を迫害して死に追いやり、干甫様自体もお屋敷を追われることになった」

 妾腹の子ならば、母がいなくなれば屋敷に居場所がなくなるということだろうか。

 「それで符憲の御父上は?」

 「当然ながら屋敷を追われた。それで家は没落し、父は失意のうちに亡くなった。俺は宿無しになって、しばらくして白竜の親分に拾われたのだ」

 それが五年前のことだ、と談符憲は懐かしむように言った。

 「商会にいながら谷明への復讐の機会をうかがっていたのか?」

 「そうだ。幸いにして佐家の内外に干甫様をお守りしている一派がいる。彼らから情報を得ていたのだ」

 それで佐谷が道昇の屋敷に行くことを知ったというわけであろう。

 「俺は佐家のお家騒動に巻き込まれたというわけか」

 「おっと、旦那。勘違いしてもらっては困る。何度も言うが、手代の敵を討ちたいのも、姉御を救出したいのも本心だ。別に旦那のことを利用するつもりもない。旦那が乗って来なければ、俺ひとりでやるだけだ。だが、俺は谷明を殺すことを優先したい」

 談符憲の言葉に嘘はないだろう。ここまで洗いざらい話してくれたのだから、談符憲の意思は尊重してやりたいと思えてきた。

 「分かった。佐谷明のことは好きにすればいい。俺は道昇をやって、亜好を助け出す」

 「ありがたい」

 談符憲が手を差し出してきたので、条元は握り返した。この時の談符憲との絆が後になって大きな意味を持つことになろうとは知る由もなかった。

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