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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
535/959

栄華の坂~13~

 魚然達を弔った条元は一日かけて商店の整理を行った。わずかに金子を取られただけで帳簿の類は荒らされていたが、ほぼ無事であった。

 『これでなんとか商会はやっていけるが……』

 人手が足りなかった。今、商会で残っているのは条元と黄絨しかいない。栄倉にいる弟達を呼び寄せるかと思っているうちに、商会の惨劇を聞きつけた借主達が問い合わせに訪ねてきた。条元はそれらの対応に謀殺され、時だけが過ぎていった。その間も条元は、時間を見つけては役所に出かけて商会を襲った下手人捜しの進捗を尋ねたが、役人達の回答は芳しくなかった。

 事件から一週間ほど過ぎた。条元が商会の奥で栄倉の弟達への手紙を認めていると、軒先で掃除をしていた黄絨が駆けあがってきた。

 「旦那様、水唯です!」

 黄絨が水唯の手を引いていた。水唯は悲し気に目を伏せていた。

 「水唯……よくぞ無事であった」

 条元が優しく頭をなでてやると、水唯はわっと声を出して泣きだした。

 しばらく泣き続けた水唯は、落ち着きを取り戻すると、自発的に話し始めた。水唯は商会から脱出すると、故郷の邑に逃げ帰っていたという。しかし、盗賊の襲撃の時、寝台の下で聞いたことをどうしても条元に伝えたくて、戻ってきたというのである。

 「商会を襲った賊は道昇の手の者だと?」

 「はい。間違いなくそう言っていました。そして、亜好様を攫っていきました」

 道昇のことは知っていた。商会の顧客であるし、あくどい商売をしているということも承知していた。

 『だが、道昇がこの商会を襲うことになんの意味があろうか』

 気丈に語る水唯の言うことに嘘はないだろう。だからと言って、道昇が下手人であると役所に訴えることもできまい。条元は水唯のことを信頼していても、役人達は童女の言葉など信じないだろう。

 『道昇の周辺を探ってみるか……』

 条元はもどかしさを感じながらも、ひとまず水唯を労い、黄絨を付き添わして故郷に帰すことにした。


 その翌日のことである。条元が一人で紹介にいると、男が声もなく商会に入ってきた。その顔を見て条元は驚いた。談符憲であった。

 「符憲!」

 条元は驚きつつも、かっとなっていた。本来であるならば条元が留守の間、商会を守らなければならないのが談符憲である。亜好や魚然を救えず、姿をくらましていた談符憲に怒りを感じた。

 「旦那、すまない。皆を守ってやれなかった……」

 普段寡黙な談符憲が膝をついて頭を下げた。よく見れば、談符憲の体のあちこちに刀傷があった。彼は彼で奮戦してくれたのだろう。条元の怒りはさっと鎮まっていった。

 「いや、俺にも油断があった。お前だけに辛い思いをさせてしまった」

 「そんなことはいい。実はここを襲われた後、撤収した賊をつけていたんだ」

 それでしばらく帰って来れなかったのだ、と談符憲は言った。

 「賊の塒が分かったのか?」

 「塒があるわけじゃない。奴らは道昇が雇っている荒くれの用心棒だ」

 「道昇だと?」

 談符憲の言葉が本当であるとすれば、水唯の証言とも合致する。条元は談符憲に水唯の証言について話した。

 「姉御が攫われたのか?」

 「水唯の証言によればそうだ。間違いはなかろう。遺体の中には亜好はなかった」

 「おのれ!」

 談符憲が声を荒げた。ここまで激昂した談符憲を条元は初めて見た気がした。

 「これで水唯の証言が真実であると分かった。役所に訴え出るか……」

 「それはやめた方がいい、旦那。道昇は佐家の政商だ。ちょっとのことではもみ消される」

 「しかし……」

 「それに道昇には佐険征の嫡子である佐谷明が出入りしている。藪をつつくと蛇を出すかもしれない」

 佐谷明のことを知らぬ者は大甲にはいない。あの暴虐の若者が次期藩主かと思うとため息が出ると多くの人が言っていた。

 「符憲、妙に詳しいな」

 「長く大甲にいればな。どうだ、旦那。俺は手代達の敵を討って、姉御を救いたい。旦那もやるかい?」

 談符憲が戻ってきてそのことを告げたとなると、仲間が欲しかったのだろう。談符憲の素性も気になるところだが、条元としても魚然の敵を討ち、亜好を救出したかったので即座に応諾した。

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