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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
533/962

栄華の坂~11~

 条元が美堂藩で一仕事終えた夜。悲劇が進行していた。

 その夜、魚然は遅くまで帳簿の整理をしていた。条元が白竜商会に来てから何かと忙しくなり、帳簿の整理も追いついていなかった。それも何とか目途が付きそうであった。

 『条元の旦那は福の神だな……』

 条元が商会に入って本当に良かったと魚然は思っている。それは商会そのものに利益をもたらしたこともそうであるが、亜好に女としての輝きが戻ってきたことも魚然にとっては喜びであった。

 『白竜親分が亡くなってから姉さんは沈んでいたからな……』

 愛する人を亡くせば、誰でも輝きを失うものだろう。しかし、白竜の代わりを魚然や談符憲あるいは他の使用人が務めることはできなかった。亜好からすれば魚然達は商会の使用人であり、魚然達からしても亜好は白竜親分の情人であり商会の女主人であった。だから第三者である条元はまさしく亜好に女としての輝きを取り戻すには最適であったのだ。

 「商会もこれからだ……」

 帳簿を棚に片づけ、そろそろ寝ようと欠伸をひとつすると、遠くで物音がした。魚然が咄嗟に蝋燭の火を消すと、談符憲が入ってきた。

 「手代、賊が入ってきた」

 談符憲が声を潜めた。魚然も談符憲も何度も修羅場を潜りぬけている。商会が盗賊に襲われる場合のこともある程度は想定していた。

 「符憲、お前は賊を引きつけて防いでくれ。あっしは姉さんを逃がす」

 「承知した」

 談符憲は短く言って去っていった。条元ほどではないにしろ、談符憲も腕が立った。数人の盗賊程度なら撃退してくれるだろう。

 魚然は匕首を懐に忍ばせて亜好の寝所に向かった。次第に物音が近づき大きくなっていった。

 『これは単なる賊ではないな』

 襲撃してきた賊の人数は四人五人ではない。少なくとも十名以上はいるだろう。

 『旦那がいない時を狙われたか……』

 まずそう見て間違いないだろう。ということは数日前から見張られていた可能性がある。盗賊の襲撃は計画的であった。

 実はこの商店には金目のものはほとんどなかった。現金も担保として預かっている宝物も各地に分散して保管されていた。これは条元が商会を取り仕切るようになってから実施したもので、それを知るのは条元、亜好、魚然、談符憲だけであった。

 『旦那の慧眼は見事だ』

 魚然は亜好を逃がすだけでいい。だが、盗賊の荒々しい足音がどんどんと近づいてくる。魚然は構わず走り出した。

 「姉さん、起きてますかい?魚然です」

 開けますぜ、と言って寝所の扉を開けると、亜好は紙燭に火をともし、寝台の上で半身を起こしていた。

 「賊ですね?」

 「はい。符憲が防いでおりますが、お急ぎを……」

 魚然は言い終わらぬうちに、全身に激痛を感じた。ずぶりと自分の肉が裂けていく感触が、盗賊に刺されたことを知覚させてくれた。

 「おのれ!」

 魚然は懐から匕首を取り出すと振り向きざまに払った。しかし、匕首は空を切り、魚然は力なく倒れた。

 「魚然!」

 「ふん。そんな匕首で俺を斬ろうなんて馬鹿はことだ」

 闇から聞こえる声は人の情など感じさせない冷酷さがあった。亜好は震えながら、賊にされるがままになるしかなかった。


 「兄貴!金目のものなんてほとんどありませんぜ」

 白竜商会の使用人を斬り捨てた佐谷明のところに、道昇が雇った荒くれ達が集まってきた。

 「道昇め。何が金を持っているだ。全然ねえじゃねえか」

 「へえ、これだけはありました」

 荒くれの一人が金子袋を差し出した。重みはあったが、ぜいぜい三千銀あるかないかだろう。

 「どちらにしろこれで白竜商会は再起不能というわけか。ふん、道昇のために働いたわけか。これは労力は高く売りつけてやる」

 佐谷明はそう言いながら。部屋の隅に震えている亜好に目をやった。寝巻の上からでも分かるほど亜好は男を惑わすような豊満な体つきをしていた。

 「年はいっているようだが、いい女じゃないか。道昇の屋敷に連れて行け。但し、俺が行くまで手を出すんじゃねえよ」

 「へえ」

 荒くれ達が亜好に飛び掛かった。亜好は悲鳴を上げる間もなく、猿轡をかまされて縛り上げられた。


 実は一連の佐谷明達の会話を聞いている者がいた。亜好の世話係である水唯という少女である。彼女は亜好の部屋の隣で寝ていたが、賊の侵入を知った亜好に起こされた。

 「盗賊のようです。お前は寝台の下に隠れていない。決して物音を立ててはいけませんよ。もし何事かあったら余人は頼らず、条元殿を捜しなさい」

 水唯は無言で頷き、亜好が佐谷明のよって連れ去れても恐怖に耐えながらじっとしていた。そして佐谷明達がいなくなったと確信すると商会を飛び出していった。

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