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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
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栄華の坂~9~

 道昇の策謀を条元は知らずにいた。魚然は白竜商会に敵がいると言っていたが、それは商売敵のことであり、まさか直接的に商会の財産を狙っている者がいるとは想像できるはずもなかった。

 そもそも条元としては、白竜商会が徳政令の実施によって奈落に突き落とされた斎国の経済状況の中で儲かっているということ自体が妬み嫉みの対象となることは承知していた。だからこそ周囲には極力愛想を振りまき、困っている商人がいれば低金利で貸し付けをして恩を売っていた。だが、道昇という男の暴虐さは条元の常識を遥かに超えようとしていた。

 道昇という商人は並みの商人ではない。元は斎国で手広く商売をしていた富商の下で働いていたが、その富商が病で亡くなり、その身代を受け継いで商売を行っていた。勿論それは建前の話であり、実際は道昇がその富商を毒で殺害し、商店を乗っ取ったのである。

 それから道昇は表向き善良な商売をしつつ、裏でかなり悪辣な商いをしながら商会を拡大していった。今では近甲藩に取り入る政商になるほどであった。

 その道昇はかねてより白竜商会に目をつけていた。金貸しは道昇も手を出していない商売であり、これを吸収すれば商売の幅も大きに広がり、借りている金もなしにできる。そして何よりも女主人である亜好も我が手にしたいと思っていた。その矢先に白竜商会に現れたのが条元という男であった。条元は白竜商会に入ると瞬く間に信任を得て、今では手代であった魚然に代わって商会を取り仕切っているという。

 「条元とはどういう男か?」

 道昇は条元の素性を調べさせた。しかし、人を使って調べさせても全く素性が掴めなかった。どうやら武芸の腕が立つということぐらいしか分からず、道昇としては力づくで奪うしかないと考えていたところであった。

 「盗賊を雇って白竜を襲わせる。条元は腕が立つらしいので、奴がいない日を狙う。調べろ」

 道昇は腹心の手代に命じた。

 「よろしゅうございますが、大甲で騒ぎが起きると、藩主様がなんと仰るか……」

 「ふん。白竜から奪った金を差し出せば、不問に付すだろう。金を生み出すことをしないお歴々は金で頬を叩けば好きな方向に向けさすことができる。それが我ら商人との違いよ」

 すぐにやれ、と道昇は手代を追い出すように命令した。


 白竜商会に大きな案件が持ち込まれていた。持ち込んできたのは商会が贔屓にしている大賈であった。その大賈が取引をしている美堂藩が金を貸してくれる商人を探しているというのである。

 「美堂藩とな……」

 美堂藩は近甲藩から六舎ほどの距離にあった。領土としては小さいが、ちょうど斎国の中央にあるため人々の往来が多い場所として知られていた。条元もその程度の知識しかなかった。

 「はい。そこの家宰である謝氏と誼を持っておりまして、持ち掛けられたのです」

 「美堂藩は斎国で商売をする者達にとっては拠点となる場所の一つです。関所を設けて税を取っているのでそれほど困窮しているとは聞きませんが……」

 流石に魚然はある程度美堂藩の実情について精通していた。

 「左様なのですが、今の藩主である箕政は政治に無関心で、延臣が好き勝手にやっております。ある重臣などは関所で過剰な税金を取り、懐を潤しているという噂です。箕家の家財が傾きつつあるというわけです。そこでぜひとも白竜商会のお力を借りたいのです」

 大賈は汗をかきながら必死に訴えた。この大賈からしても箕家が、強いては美堂藩が傾くわけにはいかないのだろう。

 「一晩お時間をください」

 条元はそう言って大賈を下がらせた。大きい案件になりそうなので、亜好と魚然と協議する必要があると判断したのだった。二人はすぐに亜好の部屋へ向かった。

 「魚然はどう思うか?」

 条元は亜好にあらましを語ると、まずは魚然に意見を求めた。

 「受けてみる価値はあると思います。小藩ですが、経済的に価値のある場所でもあります」

 条元も同じように考えていた。次に亜好に意見を求めると、良いかと思いますと魚然に同意する意思を示した。

 「では、ひとまず俺が美堂藩に出向いて話を聞こう。それで良しと判断すれば、金を貸すとしよう」

 この条元の美堂藩行きこそが彼と白竜商会、そして後の歴史を思えば斎国そのものを変えてしまうのだが、この時はまだ当事者達も知らぬことであった。

 

 その晩、条元は亜好を抱いた。相変わらず亜好は大いに乱れ、男としての条元を求めた。

 一度目の事が終わると、亜好は条元の胸を枕にして体を密着させていた。

 「条元殿、私と夫婦になってくれませぬか?」

 亜好が吐息を吹きかけるように言った。

 「夫婦か……」

 考えないでもなかった。条元としても生活が安定してきたので、そろそろ栄倉から母と兄弟を呼び寄せようと考えていたところであった。

 「亜好よ。俺でいいのか?」

 「今では条元殿しか考えられません」

 「俺はそれほど良き男ではないぞ」

 「うそうそ」

 亜好が条元の胸を舐めた。くすぐったさもあって条元は苦笑した。

 「商会を切り盛りしてくれていますし、私に女を思い出させてくれました」

 「なるほど。それは良き男かもしれんな」

 条元は仕返しとばかりに亜好の胸に触れた。亜好は気持ちよさそうに呻いた。

 「俺は近々、栄倉から家族を呼び寄せるつもりでいた。それでいいのなら、俺と夫婦になってくれ」

 「構いませんわ、嬉しい」

 亜好は抱き着いてきた。全ては美堂藩から戻ってきてからのことであったが、条元としてはようやく母と兄弟を養ってやれると感無量になっていた。

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