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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
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栄華の坂~8~

 条元は亜好を抱いた。いい年をした大人同士の情愛であるから、それが原因で婚姻するわけでもなかった。しかし、あの日以来、何か困り事があれば亜好は条元に相談するようになり、それまで亜好と魚然だけで進められたような重要な案件も条元を交えてなされるようになった。

 魚然はいつの間にか条元のことを『旦那様』と呼ぶようになっていた。いや、魚然だけではなく談符憲もまるで条元が主であるかのように接してきた。

 『これは魚然にしてやられたかな?』

 条元を商会の頭にする。自分の意図したことではなかったが、悪いことではあるまいと思った。このまま白竜商会を切り盛りして発展させ、家族を呼び寄せることもできるかもしれない。条元は亜好との仲はそれとして、仕事に身を入れることにした。

 条元は時間が空けば、過去の帳簿を引っ張り出し、丹念に調べ上げた。金の貸先は多岐に渡っている。商人をはじめ、藩主や領主、貴族、公族にも及んでいる。

 「個人には貸し付けたことはないのか?」

 条元は魚然に尋ねた。

 「個人と申しますのは?」

 「一般民衆だ。この徳政令で生活が苦しい者もいるだろう」

 「考えないでもありませんでしたが、あっしら金貸しは慈善事業ではありません。返済の保証がないのに貸すことができません」

 「そうような。担保もあろうはずもないからな」

 しかし、自分が困窮の中にあった条元は、金貸しという立場から少しでも彼らを助けることができぬものかと考えていた。そのことを口にすると、魚然は感心したように頷いた。

 「旦那様は偉いですな。そんなことまで考えておられるので?」

 「民衆が富めば、自然と上に立つ者も富むのだ。そうなれば我らも富むようになると思わんか?」

 「左様ですな。でも、それはあっしらではなく、上に立つ者共の仕事でありましょう」

 「確かにそうだ」

 実質的に白竜商会の舵取りをしている条元としては、これから難しい判断を迫られるだろうという予感があった。


 白竜商会は拠点を置いている近甲藩の藩主にも多額の金を貸していた。藩の運営こそなんとか順風に行われていたが、藩主である佐家の家政は上手くいっていなかった。簡単に言えば藩主個人の借財が多かったのである。

 その原因は藩主の佐険征にあった。文武を愛する佐険征は各地の書物や刀剣を集めるのが趣味であり、そのための資金を惜しまなかった。藩主として公金に手を出すことはなかったが、当然ながら藩主として得られる収入だけでは賄えなくなり、様々な商人から買掛、借金が存在していた。

 『いずれ首が回らなくなる……』

 このままでは買掛の金が払えず、借金の元金すら返せなくなる。そうなれば佐家が破産するか、徳政令を実施しなければならなくなる。斎国から独立して経済活動ができるため、この前布告された徳政令を藩内に適応しなかったが、それを今になって実施しなければならなくなる。そうなれば諸侯の笑いものになるだけではなく、お家断絶の口実にされる可能性もあった。

 「それならばあるところから取ればいいのです」

 佐険征に入れ知恵をしたのは御用商人の道昇であった。道昇も佐家に多額の売掛金が存在しているので、徳政令など出されては困るのであった。

 「取る、と言うのはどういうことだ?民衆から搾取していては元も子もないぞ」

 「白竜商会です。あの金貸し、随分と儲かっているようです」

 道昇もまた白竜商会のお得意先として借財が存在していた。借財があるだけでも腹が立つに、その相手が儲けているというのが癪であった。

 「白竜商会からまた借りろというのか?」

 「そうではありません。それこそ元も子もないことです。儲かっているならば、追徴で課税をすればいいのです」

 確かに藩は独自の法令を出すことができる。しかし、一部に不利益な法令を出すようでは政治の整合性が取れなくなってしまう。佐険征はそこまで愚鈍ではなかった。

 「そのようなことをすれば白竜商会が反発しよう。次に金を借りられなくなるどころか、大甲から引き払われ、今まで納めてきた税金すらなくなってしまうではないか」

 佐険征の言葉は藩主としてまともであった。だが、借金をなんとかしなければならないのであれば、非常の手段に訴えるべきではないかというのが道昇の考えであった。

 道昇には白竜商会の財産を奪うという思惑があった。当初は女主人である亜好諸共商会を手に入れようと考えていたのだが、どこからか来た分からぬ男が商会を取り仕切るようになると、なかなか付け入る隙を見せなかった。ならば公権力を使って財産を奪おうという腹で佐険征に話を持ち掛けたのである。しかし、当の佐険征は非常に消極的であった。

 『武人のくせに胆力のないことだ。こうなれば単独でやるか……』

 そのための計画も練り上げている。そろそろ実行の移す時かと道昇は思い始めていた。しかし、実行するにしても大甲で騒擾を起こすのであれば、どうしても藩主の黙認が必要であった。

 「面白い話をしていたな、道昇」

 道昇が藩主の屋形から出ようとすると、背後から声をかけられた。

 「佐谷明様……」

 佐谷明は佐険征の嫡子である。次期藩主であることから道昇は金銭や女の世話をしているが、性格的に狂暴であり、あまり相手をしたくない人物であった。

 「お前のことだ。一度狙った獲物である以上、何が何でもその商会の金を分捕るのだろう?」

 道昇は内心舌打ちした。それでいて自分と佐谷明の性質が似ていることを認めざるを得なかった。

 「さて、いかがでありましょう」

 「俺も混ぜてくれよ。へへ……」

 佐谷明はとてつもなく残忍な笑みを浮かべた。道昇としては断る術がなかった。

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