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七国春秋  作者: 弥生遼
黄昏の泉
53/959

黄昏の泉~53~

 樹弘の顔を見た相蓮子は、別室での対面を求めた。訳の分からない相蓮子の随員は突然のことに不思議がり危ぶんだが、相蓮子は強引に押し通した。

 「どういうつもりだ、と言いたいが、どうもこうもないな。真主様自らが降伏の勧告に来たというわけか?」

 部屋に入るなり、相蓮子は皮肉に満ちた視線を樹弘に投げかけた。樹弘が無言のままなので相蓮子は言葉を続けた。

 「君が真主であるならば、泉春で会った時に殺しておくべきであったかな。まぁ、その時はお互いに真主であることを知らなかったんだから無理もないことだが……」

 相蓮子はその長い髪の髪先を指で弄んでいた。強がって言葉を並べているが、どうすればいいのか悩んでいるようでもあった。

 「蓮子さん。僕はあなたとは戦いたくない。降伏してください」

 「はん。降伏ね。戦って自分達が勝つ自信があるということかい?なめられたものだな、私も」

 「そういうことでは……」

 「私と戦いたくないのなら、お前が降伏すればどうだ?私と組んで泉国を支配するというのも一興だろう」

 どこまで相蓮子は本気なのか。勿論冗談であろうと樹弘は思うのだが、すぐに話を決裂させる気はないようであった。

 「蓮子さんには朱麗さんのことを見逃してくれたし、景秀様の居場所も教えてくれました。少なくともその恩には報いたいのです」

 「そんなことに恩義を感じる必要はない。私がやりたかっただけだ。結果として面白いことになったからな。それは満足している」

 「面白いというのは景政様の謀反のことですか?」

 樹弘の中に怒りがめらっと沸き立った。景政達の乱が自分達を泉春から脱出させるための手段であったことを知る身としては、面白いで片付けられることを許すわけにはいかなかった。

 「そうだよ。面白いじゃないか。そんな顔をするな。別に馬鹿にしているわけじゃない。寧ろ畏敬の念を抱いているほどだ。何を意図したのかは分からないけど、絶対的に成功するはずもない反乱を起こすなんて酔狂じゃないか。私はそういう酔狂を好む。だから私は降伏する気はない」

 それが私の酔狂だ、と言わんばかりであった。相蓮子というのはやはりそういう女性なのだろう。その精神には小気味良さを感じないでもなかったが、事が戦争となれば話は別である。相蓮子の酔狂のために何人の人が死ぬというのか。樹弘の中で怒りは継続していた。

 同時に相蓮子のことを買い被っていたのではないかと樹弘は反省した。泉春での邂逅で相蓮子のことを話せる相手であると勝手に錯覚していただけなのかもしれない。もはや樹弘には降伏を勧める言葉が見つからなかった。

 「話はこれで終わりだな。帰りたまえ、樹君。戦場で会おう」

 相蓮子が話を打ち切るように席を立った。樹弘も無言で立ち上がった。


 相蓮子への降伏勧告は失敗に終わった。樹弘が暗い顔をして部屋から出ていたのを見た景蒼葉が全てを察するほど樹弘は気落ちしていた。

 「主上。気に病まないでください。相蓮子とはそういう女性なんです。主上のお優しさを理解できないのです」

 自陣へと戻る馬車の中で景蒼葉は慰めるように言ってくれたが、樹弘の耳には届いていなかった。景蒼葉も気まずさを感じ、それ以上は何も言わなかった。

 自陣に辿り着くと樹弘を待っていたのは、険しい顔をした景朱麗であった。その両隣にはそ知らぬ顔をしている甲朱関と、申し訳なさそうに手を合わせている景黄鈴の姿があった。どうやら二人で樹弘がどこに行っていたかを景朱麗に喋ってしまったようである。

 「主上!どういうおつもりですか!相蓮子に降伏を勧告するはいいとして、主上自ら行かれるとはどういうことですか!しかも、私に内緒にして……」

 景朱麗は怒りに任せて捲くし立てた。普段の樹弘であれば景朱麗の剣幕に平謝りでもしていたのだが、今の樹弘は違っていた。景朱麗の小言が煩わしく、何も言わず顔を見ようともしなかった。

 「主上!」

 「黄鈴。僕がいいと言うまで誰も入れるな」

 樹弘は景黄鈴に命じると天幕に一人で入った。

 「主上!ご説明ください」

 景朱麗が追って入ろうとしたが、景黄鈴が前に立ち塞がった。

 「どけ!黄鈴」

 「主上のご命令だから、通すわけにはいかない」

 「黄鈴……。私の言うことが聞けないのか!」

 「聞けない!姉さんの命令よりも、主上の命令の方を優先するのが当然でしょう」

 景黄鈴は毅然としていた。妹にここまで言い返されたことがないのか、景朱麗はぐっと唇をかみ締めた。

 「そうよ、姉さん。姉さんは主上とのことを特権的に考えているかもしれないけど、私達は等しく主上の臣下よ。命令には服さないと」

 景蒼葉が景黄鈴に助け舟を出した。景朱麗は二人の妹を睨んだが、すぐに樹弘の入った天幕に視線を戻した。

 「主上。お入れいただけないのなら、そのままでお聞きください。主上のご寛容は非常に尊いことですが、相手をお考えください。相蓮子です。そのような話し合いが通じる相手ではないのです」

 景朱麗が喚いたが、樹弘は無視した。何を言われようと、樹弘は相蓮子と戦わずに済む道はないかと考えを巡らせていた。

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