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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
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栄華の坂~6~

 条元が来てから店の売上が伸びている。亜好は近々の帳簿を見ながら驚きを隠さなかった。

 条元はその武芸を活かして、自分で金子を運び、その場で商談をまとめてくる。担保の取り方も返済の督促にも遺漏がなく、確実に白竜商会の売上を伸ばしてくれていた。

 『条元殿は白竜様の生まれ変わりかもしれない』

 亜好は時折そう思うことがあった。当然、白竜が死んだ時には条元はいい年の大人であっただろうから、生まれ変わりなどであろうはずはない。しかし、死した白竜が亜好と商会のために差し向けてくれた救世主であるように思われた。

 白竜の死後、魚然達の尽力により経営が破綻するようなことはなかった。徳政令で経済が混乱しても、なんとか凌いできた。だが、そのような状況がいつまでも続くとは思っておらず、将来に対して不安を感じている所であった。そこへ条元が現れたのである。

 『それに命の恩人でもある……』

 もし、あの野盗に襲われた時、条元が助けてくれなかったら、亜好は容赦なく野盗に辱められ、殺されていただろう。そう思うと体がほのかに熱くなってきた。

 条元には他の男には色香があった。魚然や談符憲は金貸し家業の仕事人としては有能であった。魚然は根っからの商人のようで商談ができるし、帳簿の管理もできた。談符憲は見ての金庫番としては申し分のない体躯と武芸を身に着けていた。条元にはその両方があった。且つ身のこなしには典雅さがあり、教養もあった。

 以下は顧客であるさる貴族から聞いたことである。条元がその貴族の下に利息の支払いを受け取りに行った時であった。その貴族は別に他意がなく、雑談の中で条元に古今の有職故実の話をしたのである。当然ながら条元は応じまいと思っていたのだが、条元はすらすらと誤りなく会話をしてきたのである。その貴族は大層感心して、わざわざ亜好に条元を褒める書状を送ってきたのである。

 「条元殿は自らのことを飲まず食わずの宿なしと言っていましたが、実は貴人なのではないでしょうか?」

 亜好はある時、魚然に疑問を投げかけたことがあった。すでに魚然も条元という男に心酔し始めているため、左様かもしれませんと真剣に答えた。

 「一度、条元殿をもてなしたい。席を用意してください。改めて過日の礼をしたのです」

 野盗から助けてもらってもう半年以上も過ぎている。今更礼をするための宴席というのもおかしな話であり、条元とさしで話をしてみたいがための口実であった。魚然は何か察するところがあったようで、今晩でもと言って料理屋を探してくれた。

 夜となった。亜好は下女に化粧させ、久しぶりに一張羅を行李から出させた。魚然が予約してくれた料亭は大甲でも一位二位を争う名店である。魚然が御する馬車で乗り付けると、店の仲居が奥の部屋へと案内してくれた。魚然が付いて来ず、馬車で商店へ引き返していった。

 部屋にはすでに条元がいた。下座に座り、亜好が入ってくると深々と頭を下げた。

 『まるで主従のような……』

 亜好はじっくりと条元を観察しながら座った。何度見ても男ぶりがよかった。端正な顔立ちに引き締まった肉体。何よりも礼をする仕草も優雅であり、醸し出す雰囲気に女を惑わす色香が立ち上っていた。

 『私は今宵、この男に抱かれるかもしれない』

 亜好にはそんな予感があった。魚然がこの料亭で席を用意し、同席しなかったのはそのためではないか。亜好は体の火照りを感じながら、条元に酌をするために膝を進めた。


 『俺はこの女を抱くのだろう』

 亜好が瓶をもってにじり寄って来た時、条元は直観的に思った。

 亜好は惚れ惚れとする女であった。男心をくすぐる容姿と肉体をしている。言葉遣いや所作にも気品があり、金貸しの頭をしているのが勿体ないほどであった。実際に商売相手である貴族や富商から妾にならないかと誘われることも多かったという。

 『さもあろう……』

 魚然達が白竜亡き後、亜好に手を出さなかったのが不思議なぐらいである。彼らからすると、親分の情人という位置づけの方が大きいのだろうか。

 『だが、俺は違う』

 商会の主ではあるが、女として見ることができる。もし亜好の方が許するのであれば、存分に抱くつもりであった。

 「ささ、条元殿。過日の礼と商会に入ってからの働きへの労いです。どうぞ一献」

 亜好はこれまで見たことのない一張羅を着ていた。襟元が大きく開いていて、胸の谷間がわずかに垣間見えた。

 「これは畏れ入ります」

 条元は酒を受けた。杯に酒が満たされると、すぐに乾かした。それを見ると亜好はすぐに瓶を傾けた。

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