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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
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栄華の坂~5~

 条元が用心棒として雇われてからは野盗に襲われることなく、亜好を乗せた馬車は無事に大甲に到着した。大甲という邑は、慶師のように廃屋などはほとんどなく、家無し宿無しの輩もほどんといないよであった。

 「慶師の方が都会ではあろうが、庶民の生活水準はここの方が高そうだな」

 「ここは藩ですからね。藩主様は徳政令も実施なさいませんでした」

 藩という制度は斎国独特のものであった。一般の領と違い、藩は独自の租税制度を制定でき、斎国の法令からも独立している。近甲藩は斎国の泥沼な経済状況の影響を受けずに、上手くやっているようであった。

 「近甲藩のご当代はなかなか上手に藩を経営しているようだな」

 「そうとも限りません。ま、名君とまではいかないでしょうが、慶師にいる御方よりもましでありましょう」

 魚然が続けて言うには、近甲藩は藩としてそれほど経済規模が大きくない。だから経済が大きく広がることも縮まることもないらしい。 

 「藩主様の考えは経済は我らのような庶民に任せ、自分達は文武に力を入れようというものです。ですから、あっしらのような者もなんとか商売ができているんです」

 魚然が御する馬車は、大甲の中心地から大きく離れた場所に止まった。目の前にはこじんまりとした建物があった。華美ではないが、作りはしっかりとしていた。

 「ここがあっしらの店ですわ。おい、姉さんのお帰りだ」

 魚然が店に向かって叫ぶと、三人の男が出てきた。いずれも一癖二癖あるような人相をしている。

 「このお方はあっしと姉さんが野盗に襲われた時に助けてくださった方だ。これから用心棒として雇うことにした。安心して地方で商売できるぞ」

 魚然が言うと、一人屈強な男がぺこりとお辞儀をしてから客車の扉を開けた。単に体躯が良いだけではなく、雰囲気も尋常ならざるものを感じた。

 「あの男も用心棒じゃないのか?」

 「談符憲と言います。もともと貴族の舎弟だったようですが、落ちぶれて親分に拾われたんです。彼はここの金庫番をしているので離れるわけにはいかないんです」

 「なるほどね、確かに金を守るのも大切だな」

 条元も御者台から降りた。一瞬、談符憲と目が合った。ぎろりと睨まれた。

 『警戒されているな……』

 それはそうだろう。亜好と魚然はすぐに条元のことを信頼したようだが、普通であるならば突然知り合った男のことを警戒するだろう。

 『大人しく職務に励むか……』

 いくら亜好や魚然に信頼されても、他の人間から白眼視されてはやっていけない。条元は素直に雇われることにした。


 条元は金貸し白竜商会の一員といて働き始めた。主な業務は商談のために藩外へ出かける亜好や魚然の護衛であったが、半年もすると条元自らが藩外の商談を行うようになっていた。

 「条元殿には商才がおありだ」

 魚然は実に嬉しそうであった。実質的に商会を仕切る魚然からすると、武芸で金子を守ることができつつ、商談もできる条元の存在はまさに貴重であった。要するに藩外には条元ひとりを派遣すればよく、商売の広がりもでてきた。

 亜好や魚然以外の者達は最初は条元のことをうさん臭く思っていたようだが、この頃になると彼らからしても条元は頼れる存在になっていた。謝符憲も以前のような疑わしい視線を投げかけることはなくなったものの、条元に親しく話しかけることなく一定の距離を置いていた。

 「俺はまだ談殿には警戒されているのかな?」

 ある時、条元は魚然に尋ねたことがあった。

 「へえ、条元殿でもそんなことを考えるんですかい?」

 「考えるさ。俺はここで骨を埋める覚悟なんだからな」

 「そりゃ、嬉しい覚悟ですわ」

 魚然は笑った。本心から嬉しそうであった。

 「ですが、考え過ぎですわ。あいつは元より寡黙で愛想のない奴です。ですから逆に信用できるんですがね」

 考え過ぎなのだろうか。条元としては、排されるようなことをされない限り気にしない方がいいかもしれない。

 「そんなことよりも条元殿。少しお願いしたいことがあるんですがね」

 「ほう。俺にできそうなことなら何でも言ってくれ」

 「実は帳簿整理をしたいと思っておりてね。まぁ、そういう細かい仕事はあっし一人でやっていたんですが、徳政令が出てこの方、忙しくて手を付けていない者が多いんでさ。そこで条元殿にも手伝って欲しいんですわ」

 「別に構わんぞ」

 条元としても願ってもないことであった。帳簿はこれからの商売のことを考えてみても是非見ておきたかった。

 「では、明日からちょいちょい片づけておきましょう」

 魚然は手を打って喜んだ。

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