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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
523/963

栄華の坂~1~

これは樹弘達が生きた時代より約三百年ほど前。条国を建国した男の物語である。


 寒風が吹きすさぶ。

 身を縮ませる風が吹くと同時に、鼻が曲がりそうな臭気も運んできた。

 「これが国都の都大路か……」

 斎国国都、慶師の南大門の石段に腰かける青年―条元は何を見るでもなくぼっと街の様子を眺めていた。

 夕刻になる時間帯であるが、人の往来はほとんどなく、目につくのは廃屋の群れと行き倒れている人々だけであった。あとは条元のような、その日食うにも困るような宿無し、家無しばかりであった。

 ふと動く何かが目の端に映った。目を動かすと、役人が腐敗した死体を運んでいるのが見えた。さっきの腐臭がこれであろうか。

 「いずれ俺もああなる」

 今日一日何も食べていない条元の未来がそこにあった。二人の役人が畚に死体を無造作に入れ運んでいる。死体を慶師の外にある埋葬地に運ぶのだが、その作業はまるで追いついていなかった。

 「死体運びをすると一日五銀くれるらしい。一日中、死体を担ぎまわってたった五銀だ。五銀じゃ定食屋で飯も食えやしない」

 いつの間にか条元の隣に老婆が立っていた。襤褸を纏ったみすぼらしいなりは条元と変わりなかった。

 「五銀でも収入がある方がいい」

 「なら、やってみるかい?」

 「嫌だね。それなら食を恵んでもらう方がましだ」

 条元のような考えをする人間が多いから、餓死者の片づけが進まないのである。老婆は、かかっと笑った。

 「へへ、そりゃそうだわな。もっといい仕事がある」

 老婆はそう言って、南大門の傍に転がっている女性の餓死者に歩み寄った。若い女性で亡くなってまだ日が浅いのだろう。肌に艶があった。何をするのかと見ていると、老婆は懐から短刀を取り出し、餓死者の髪の毛を切り始めた。

 「おい、婆さん」

 「へへ、髪はこれでも高く売れる。特に若い女の髪は公族や貴族の姫君の鬘となる。上手くやれば一日で三十銀は稼げる」

 「その割にはひどいなりだな、婆さん」

 「溜めこんでいるのさ。おっと場所は教えないよ。それに真似するんじゃないよ。私の稼ぎが少なくなる」

 「俺には無理だと思って自慢しに来たんだろ。罪の意識はないのか?死者の髪の毛をむしり取って……」

 条元は老婆が手にしている髪の毛を束を見た。やや艶にかけるが、黒々とした立派な髪であった。

 「罪の意識?ないね。考えてみろ。あの斎慶宮にいる連中は民衆から生きる糧をむしり取って生きているんだ。それで次々と人が死んでいることが罪でないのなら、死者から髪を取るぐらい許されなければ割が合わない」

 老婆は唾を吐いた。唾は地面に落ちたが、はるか遠くにそびえる斎慶宮に向けられたのは間違いなかった。

 「確かにそうだ。では、俺はいずれあそこにいる連中から金銭をむしり取ってやろうかな」

 条元は冗談のつもりで言った。遥か後、本当に実現してしまうとは、当の条元すら思っていなかった。

 「ははっ。お前さんは意気地がないのか、気宇壮大なのか分からないね。まぁ、精々元気にするんだね。また会った時には粥ぐらいは奢ってやるよ」

 「期待しないで待っているよ」

 条元は慶師の街並みに消えていく老婆を見送った。老婆の後を追えば、溜めこんだ金銭を奪うことができるだろう。条元は首を振った。それこそ罪ではないか。

 「婆さんの金銭奪うぐらいなら、それこそ斎慶宮の奴らから奪ってやるさ」

 後に斎公から国を奪い、初代条公となる条元は、単なる宿無しに過ぎなかった。

 夕暮れになって条元は腰を上げた。条元がここで腰を据えていたのは、公族貴族の馬車が通った時、金銭や食糧を乞うことができるからであった。条元は一日待っていたのだが、今日は一乗の馬車も通らなかった。

 「完全に外れたな……」

 こうなれば飯にありつける方法は、歓楽街にいって料亭や娼館の掃除をして残飯をもらうしかなかった。条元はその仕事を数件こなし、なんとか腹を満たすことができた。塒にしている廃墟に戻った頃には深夜となっていた。

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