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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
521/959

蒼天の雲~68~

 慶師で斎治の復位を見届けた樹弘は、印公章季を伴って界畿に戻ってきた。義王の不在についての調査をするためである。

 「まずは賈潔の身柄を押さえろ」

 樹弘は界公の屋敷に兵を入れた。界公界仲がいない以上、家宰である賈潔から詳細を聞かねばならない。しかし、界公の屋敷で発見したのは首を括って息絶えていた賈潔の亡骸だけであった。

 「死ぬこともなかろうに……」

 樹弘からすれば賈潔が自ら死を選ぶ理由が分からなかった。あるいはこれからの運命を悲観してのことだろうか。ともかくも今の樹弘には死者と対話する口を持ち合わせていなかった。

 樹弘は自警団の団長と話をし、義央宮に兵を入れることにした。自警団としても、義王がいるのかいないのか不明なままにしておくわけにはいかないので、協力を申し出た。

 自警団の了解を得た樹弘は、界公の屋敷と義央宮を徹底的に調べさせた。義央宮には樹弘自ら出向き、各所を見聞した。

 約一か月滞在して調査した結果、賈潔が言ったとおり、義王はすでに二百年前ほどのいなかったと結論を樹弘は下した。大きな決め手となったのは、界公の屋敷で発見させた過去の界公に日記であった。

 日記は今から百五十年前の界公が書いたものであった。それによると、当時すでに義王はおらず、いかにして義王の存在を偽装するのかということが詳細に書かれていた。また義央宮を警備している兵士の中には以前より義王がいないのではないかと疑念を持っている者も少なからずおり、義王の私生活の場と言われている場所を見聞してみてもまるで生活感がなかった。

 「これ以上、調査しても何も出ないだろう。ひとまずは界畿の治安は自警団に任せるとして、我らは帰還するとしましょう」

 樹弘は章季と相談し、調査を打ち切ることにした。樹弘は約半年ぶりに泉春に帰還することになった。


 泉春に帰還した樹弘は、軍の解散式を行うと、すぐに公妃樹朱麗のもとに急いだ。すでに樹弘のもとには元気な男児が生まれたという知らせが届いており、いち早く樹朱麗と赤子に会いたかった。

 「朱麗、帰ったよ」

 寝室に入ると、樹朱麗は赤子を胸を抱きながら寝椅子に腰を掛けていた。

 「あなた、お帰りなさいませ」

 樹朱麗が立ち上がって一礼すると、赤子があーと声を出した。樹弘が子供を顔を覗き込むと、もう一度あーと声を発した。

 「ほら、あなたのお父様ですよ」

 樹朱麗があやすように体を揺らすと、気持ち良いのかきゃっと笑った。

 「朱麗も元気で何よりだ。出産は辛くなかったかい?」

 「ええ、大丈夫でした」

 「公妃様はやはりお強いですね。私もびっくりするほどの安産でした」

 傍にいた僑秋が付け足した。僑秋は産後も毎日のように泉春宮に通い、樹朱麗と赤子の様子を診てくれていた。

 「僑秋さん、ありがとうね。劉六先生も無事に帰ってきたから、今日はゆっくりしてくれていいよ」

 樹弘が言うと、僑秋は顔を赤らめながらも首を振った。

 「そんなことをすれば先生に怒られます」

 「だったら劉六先生をこちらに呼ぼう。二人に世話になったからね。美味しいものでも食べていってよ」

 「は、はい」

 僑秋は嬉しそうに言った。

 「あなた、この子を抱いてやってください」

 樹朱麗が赤子を抱き渡した。恐る恐る我が子を胸元に引き寄せると、顔をやや歪めてぐずり始めた。

 「お、おっと……」

 樹弘はさっきの樹朱麗のように体を小さくゆすった。するときゃっきゃと声を出して笑い始めた。

 「元気な子だ」

 「あなた、この子の名前ですけど……」

 「それについては考えてあるんだけど、朱麗の意見も聞きたいと思ってね」

 樹弘は我が子を樹朱麗に返すと、懐紙を取り出した。帰還する道中、必死に考えた名前を認めていたのだ。そこには『元秀』と書かれていた。

 「元秀……」

 「そう。元亀様の『元』と朱麗の父上である景秀様の『秀』の字をいただいた。元亀様の許可は得ていないけど、お二人とも僕達にとって父のような人達だ。そこから名前をいただいても怒りはしないだろう。どうだろうか?」

 「ええ、立派な名前です。父もきっと喜んでおりましょう」

 樹朱麗は愛しそうに我が子をぎゅっと抱きしめた。樹弘はようやく帰るべき場所に帰ってきたような気がした。

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