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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
520/959

蒼天の雲~67~

 「お久しぶりですね、尊毅様」

 二人組の女性に案内されるままに集落に来た尊毅は、その最奥にある家に通された。そこで待っていたのは条高の寵姫蝶夜であった。

 尊毅はそれほど蝶夜のことを知っていたわけではない。宴席で度々目にすることがあり、世にはこれほど妖艶で美しい女性がいるものだと感嘆していた記憶はあった。

 「蝶夜様におかれましてはお変わりなく」

 蝶夜の美貌はその時よりまるで変わっていないように思われた。もし尊毅がまだ国主のままであったのなら、すぐにでも妾として斎慶宮に招くところであった。

 「尊毅殿は随分と変わられたようで」

 「畏れ入ります。まさか、蝶夜様とこのような形で再会し、助けていただけるとは夢にも思っていませんでした」

 「貴方のことは気にかけていました。きっとこちらの方に逃げて来られると思って、人をやって捜させていたのです」

 「私をですか?私は条家を討った者ですよ?私の凋落をお笑いになりたいと?」

 「ほほほ。別に私は条高様の妾ではありましたが、条家の者ではありません。貴方が条家を倒してから多少困った生活をしておりましたが、幸いにして支援してくれる者達がおりますので、こうしてなんとか生活をしております」

 「はぁ……」

 「妾は所詮妾です。条家が討たれたのもきっとそれが運命なのでしょう。貴方を恨む筋合いもなければ、笑うことなどできようはずがありません」

 「では、何故私を?」

 「卑屈になり過ぎですわ、尊毅殿。ただ私は昔に縁故があった人を助けたいだけです。今晩はゆっくりとお休みになられて、身の振り方をお考え下さい」

 蝶夜は自ら瓶を取って尊毅に酒を注いでくれた。尊毅は自己への情けなさと、救われた感激が相まって思わず涙してしまった。


 夜になると尊毅は奥の一室を与えられ、久しぶりに寝台で眠ることができた。

 これからどうすべきか。寝台に入ると、尊毅はそのことを考えようと思っていたのだが、酒の酔いが回ってきてすぐに寝てしまった。

 どれほど寝ただろうか。疲労もあって随分と寝たような気もしたし、それほど寝ていないような気もした。目が覚めて起きてみると、まだ外はまだ暗かった。

 「まだ夜か?それとも丸一日寝ていたのか……」

 しばらく微睡んだままであったが、部屋の外に人気を感じて眠気が覚めてきた。

 「誰か……」

 あるいは蝶夜が忍んできたのではないか。そんな甘い幻想を抱きながら寝台から身を起こした時であった。扉が勢いよく開き、何者かが尊毅の体を押し倒し、馬乗りになってきた。

 「誰だ!」

 尊毅は抵抗する暇もなかった。馬乗りになった人影が取り出した短刀を尊毅の喉元の突き刺した。

 「ぐがぁっ!」

 声をあげた時、月の光が一瞬だけ部屋に差し込んできた。尊毅に馬乗りになっている男の顔を見ることができた。

 「し、新莽……。貴様……」

 それはまさしく新莽であった。色々と問いかけたいことがあったが、その前に尊毅は力尽きていた。


 遠くで尊毅の断末魔の声を聞いた蝶夜は真新しい杯に酒を満たし、高々と掲げた。

 「条高様、条行様。敵は見事に討ち果たしました。これよりは安らかにお眠りください」

 蝶夜は杯の酒を飲み干すと、一筋の涙を流した。これで蝶夜の果たすべきことはすべて果たしたこととなった。

 しばらくすると、全身血まみれになった新莽が部屋に入ってきた。ひどく興奮しているようであったが、黙って蝶夜の前に座った。

 「よくやってくださりました、殿。これで斎国は救われましたよ」

 「斎国……ううう……」

 尊毅との決戦で敗走した新莽を蝶夜が発見して保護してからどれほど経っただろうか。肉体的にも精神的にも憔悴していた新莽は自我を崩壊させており、廃人同然になっていた。そこからなんとか立ち直らせたが、過去の記憶を大幅に失っていた。それでも蝶夜のことはかろうじて覚えているようで、蝶夜の言葉に従順であった。

 「殿。ご褒美です。今日は愛して差し上げますわ」

 「うう……」

 蝶夜が両手を広げると、新莽であった男が飛び込んできた。乱暴に蝶夜の衣服を脱がすと、荒れ狂った獣のような所作で蝶夜を愛撫した。こうした日々が後何年続くのだろうか。それでも蝶夜は構わなかった。蝶夜は十分に満たされていた。

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