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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
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蒼天の雲~63~

 願水に到着した樹弘は、先遣していた劉六から戦況を聴いた。

 「了解した。明日の朝には敵も僕が来たことを知るわけだから、攻勢に出てくるかな?」

 「おそらくは。しかし、すでに多くの兵士が脱走をしておりますので、大した戦いにはなりますまい」

 劉六は淡々としながらも、言葉には自信をみなぎらせていた。本格的な戦いが始まる前にすでに勝敗の段取りをつけておく。まさに劉六という男の真骨頂であった。

 「心強い限りだが、油断は禁物だぞ。窮鼠となった敵は獣にも噛みついてくるからな」

 尊毅軍から脱走してきた将兵は、戦いの邪魔にならぬよう後送している。樹弘は彼らを厚く遇すように命じていた。

 「勿論でございます。その点、文将軍もくどいぐらいに配下に言い聞かせております」

 敵がどのように攻めてくるか。それもすでに劉六は計算済みであった。水が無くなり始め、大軍に囲まれたと状態であると知ると、尊毅は短期決着を目指してくるだろう。そうなれば、総大将である樹弘の本陣を狙ってくるはずである。

 「願水の山系を囲む必要はない。半包囲に留め、敵が下山して、主上の本陣を狙おうと進軍してきたところを狙いましょう」

 劉六はそのように提案し、樹弘の裁可をもって、全軍の命令として文可達が下命した。

 「長い征旅となったが、これで終わりにしよう」

 尊毅を討てば、中原はしばらくは平穏になるだろう。樹弘としても早く泉春に帰ってそろそろ生まれるであろう我が子を抱き上げたかった。


 翌朝、眼下に泉国軍の軍旗が増えているのを尊毅は確認した。泉国軍はちょうど北面に陣取り、左右には印国、静国各軍の軍旗が群れをなしていた。

 「半包囲しておりますな。如何しましょう。この中では印国軍がもっとも弱いと思われますが……」

 敵は半包囲するだけで攻めてくる気配がない。おそらくはこちらの疲弊を待つつもりなのだろう。項史直の言うとおり、ここは敵の急所を攻めて混乱させるのが常套手段ではある。

 「そんなこと敵は百も承知であろうよ。それよりも一気に泉公を狙った方がいいと思わんか?」

 「左様ですが、危険ではあります」

 「ふふ。危険を冒さずして勝利などありえんではないか」

 「主上、死に急がれてはいけません。貴方は斎国の国主なのです」

 「俺のことを国主として崇めてくれるか。もうお前だけかもしれんな、史直」

 「主上……気弱なことを……」

 「気弱になっているつもりはない。しかし、俺が国主として過ごした時間などないに等しかったなと思っただけだ。結局、思い通りの政などできず、戦ばかりであった」

 俺はこの国をどうしたかったのだ、と尊毅は空を仰いだ。浅い青空に薄い雲がかかっていた。

 「行くぞ、尊家の武人として恥ずかしくない戦いをするぞ」

 尊毅は武具を身に着けて、自らも山を下る決断をした。


 下山してきた尊毅軍は、劉六が予測した通りに泉国軍の本陣を狙ってきた。あるいは数の少ない印国軍を狙ってくるとも思われていたので、背後に相宗如の部隊を潜ませていたのだが、どうやら無用に終わりそうであった。

 「静国軍を動かしましょう。彼らをして尊毅軍の側面を突かせます」

 劉六は文可達に助言し、同意した文可達は静国軍へ攻撃開始の信号旗を振らせた。

 「よし!時は来た!亡き先代の敵を討つのは今ぞ!」

 静国軍を率いる比無忌は、自ら先陣を切った。比無忌を筆頭とした静国の将兵にとって、尊毅は先代静公を界公と謀って殺害した仇敵である。復讐に猛る静国軍の突撃はすさまじく、瞬く間に尊毅軍の後方をずたずたに切り裂いた。

 「流石静国軍よ。見事な戦ぶり。我らも負けておられぬ」

 静国軍の動きに触発された文可達は、今が勝機であると判断し、一気に攻勢に出た。

 「これが泉国軍か!」

 尊毅が樹弘の泉国軍と本格的に戦うのは初めてであった。精強であるとは聞いていたが、その強さは尊毅の想像の範疇を遥かに超えていた。

 将兵個人の武勇や装備の充実もさることながら、兵の進退は冷静かつ規律的であり、一時的に尊毅軍の方が優勢になっても、泉国軍は恐れる素振りもなく、的確に反撃をしてきた。

 この猛攻に相宗如の部隊に補佐された印国軍も加わり、尊毅軍は各戦線で敗北、敗退を余儀なくされた。天下の衆目する決戦は、わずか一日にして勝敗が決した。尊毅軍は軍と呼べるほどの集団を成すことができず、尊毅は、夜になるのを待って斎国側へと逃げ出していった。

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