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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
512/959

蒼天の雲~59~

 尊毅が界畿から撤退したと知った樹弘は、どうすべきか判断に迷った。そのまま界畿に寄らず尊毅を追うか、ひとまずは界畿に軍を進めるか。樹弘は将軍達と章季、比無忌と協議した。

 「界畿は混乱しておりましょう。義王と界公がどのようになったかを確かめた方がよろしいかと思います」

 比無忌が発言し、誰からも異論がなかったので樹弘はその方針を採用することにした。

 「とはいえ、このまま尊毅を斎国に逃がし、彼に帝国の準備をさせるというのも面白くありません。斎国での橋頭保作りもありますので、界畿に向かう部隊と斎国に進撃する部隊に分けた方がいいでしょう」

 「軍師殿の意見にも一理ある。文将軍と静国軍は尊毅を追ってください。軍師殿は文将軍の補佐を。相将軍と印国軍は私と一緒に界畿に留まり、界畿の治安回復を行いましょう」

 こうして樹弘は軍を二つに分け、自らは界畿へと向かった。


 斎国軍が去った界畿は、樹弘が想像していたよりも平穏であった。もともと国軍がないに等しく、義央宮と界公の屋形を守る以外の公権的な武力組織をもっていない界国において、民衆の治安は自警団が担っていた。彼らが尊毅と界公がいなくなった後の界畿の事実上の支配者となり、治安維持と民心の安定を行っていた。界畿に近づいた樹弘に最初に接触したのは自警団の長であった。

 「私は別に界畿を占拠するつもりはありません。界畿の皆さんの生活が自警団によって安定しているのなら、それでよいと思います。何か困りごとがあれば仰ってください」

 樹弘としても界畿に混乱がないのであれば、自警団に任せても構わないと思っていた。

 「泉公のご厚意ありがとうございます。街の方は大丈夫なのですが、義央宮に兵士がなく、このままで賊の棲み処になってしまいます。しばらくの間、義央宮を警備する兵士がおればと思っているのですが……」

 自警団の長がそのように言った。

 「義央宮に兵士がいない?界公が尊毅と行動を共にしているとは聞いていますが、義王はどうなさっているのですか?」

 「分かりません。義央宮には我らも畏れ多くて近づけません」

 どういうことなのだろうか。樹弘は意見を求めるようにして相宗如を見た。相宗如も不思議そうな顔をしていた。

 「界公の屋形はどうなっていますか?」

 「家宰の賈潔がわずかな兵士を立て籠っております」

 本来であるならば、その家宰が一番に樹弘のところに駆けつけるべきではないのか。あるいは尊毅に連れらされた界公と行動を共にするのが家宰の務めではないのか。どうにも不可解なことが多すぎる。

 「ひとまず界公の屋敷に行こうか。賈潔とやらが素直に話に応じてくれればいいんだが」

 界畿を戦火に巻き込みたくない樹弘は、わずかな護衛だけを連れ、界公の屋敷に向かった。


 界公の屋敷に到着すると、賈潔が門前で待ち構えていた。抵抗する気はないらしく、周りに兵士を置かず、地面に伏していた。

 「これは泉公、お待ちしておりました」

 「色々と聞きたいことがあるのだが……」

 「それにつきましては屋敷の中で」

 「了解したが、ここにいる印公と斎公、そして静国の比丞相と相将軍を同席させるぞ」

 樹弘はあえて高圧的に条件を提示した。賈潔は少しだけ眉をしかめたが、了承した。

 賈潔は樹弘達を屋敷の奥に案内した。ここで改めて界公が尊毅によって連れ去られたことを告げ、そして義王についての秘事を漏らした。

 「義王がすでにいないだと……」

 「はい。我が主は中原のことを思い、長く秘事としてきましたが、義央宮に無理やり入り込んだ尊毅によって秘事が暴かれたのです。そして尊毅は、それを盾にして我が主を脅しつけて人質としたのです」

 賈潔が語ることはどうにも現実味を帯びていなかった。それは他の者達も同じらしく、目を丸くして絶句していた。

 樹弘にとっては義王の権威など畏れるものではなかった。しかし、生まれてこの方、ずっと義王が尊い存在であるというだけは信じてきた。その存在が実はすでになかったと言われも、すぐに受け入れられることはできなかった。

 「賈潔。それはおかしい。僕はかつて義央宮で義王の声を聞いたぞ」

 樹弘が泉国の国主となったことを義王に報告した時、確かにその声を耳にしていた。

 「それは私が演じておったのです」

 賈潔が声色を変えた。確かにあの時の義王の声であるような気がした。

 「見え透いた嘘だ!おのれ、我が主を謀るか!」

 相宗如が声を荒げた。賈潔は身を小さくして、事実でございます、と小声で返した。

 「よせ、相将軍」

 「しかし、義王がすでにないというのは信じられません。主上を謀り、静公のように謀殺するつもりです」

 相宗如が剣を抜こうとした。賈潔は流石に悲鳴を上げて後ずさった。

 「そこまでにしておけ、相将軍。そうだとしてこの家宰と界公に何の得がある。寧ろ界公が中原の全ての人間を謀ってきたことを明らかにしたのだ」

 冷静に考えてみると、そのようなことを嘘として樹弘の前で明かす必要などないのだ。ということは義王がすでにいないというのは事実であり、その事実を明かすのと引き換えに樹弘から何事を引き出そうとしているのではないか。樹弘は界公にとって不利な事実さえも取引の材料とする姿勢が気に入らなかった。

 「その事実を僕に明かしてどうする気なんだ?僕の名をもってそのことを世間に公表しろとでも言うのか?」

 「それにつきましては泉公のお好きなように。ただ、私としては界公の生命と地位の保証をお願いしたいのです」

 義王についての秘事を泉公である樹弘が明かせば、それは即ち樹弘が中原の主催者として宣言するに等しいことであった。要するに樹弘が中原の覇者となる材料を渡すのと引き換えに、界公としての生命と地位を守ってもらおうと言うことらしい。姑息なことだと樹弘には思えた。

 「考えておこう。しかしそれは尊毅に捕らわれた界公が生きておればの話だ」

 もはや界畿での長居は無用であると樹弘は判断した。このことはしばらくの間、ここにいた者達だけの秘密としておいて、尊毅を追うことを優先することにした。

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