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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
511/962

蒼天の雲~58~

 一月後、印公と合流した樹弘は、比無忌が率いる静国軍をも引き連れて吉野を出発した。

 尊毅は斎国ではなく界国に向かい、界畿に籠城しようとしている。そのことを知った樹弘は驚くこともなければ、戸惑うこともなかった。もはや界公と義王の神通力など樹弘には通用しなかった。

 「泉公は覇者となられるおつもりですか?」

 印国軍を率いてきたのは国主の章季。わずか五百名程度であったが、かつて相宗如に鍛えられた印国軍の精鋭部隊であった。

 「覇者ねぇ……」

 実感のない言葉であったが、諸国の国主に声をかけて尊毅を討とうとしている以上、もはやそれは実質的に覇者の行いであった。

 「言葉の名称なんてどうでもいいさ。僕は僕に期待してくれている人に応えたいだけだ」

 翼公も静公も覇者にならんとして、その夢を叶えることなくこの世を去った。二人とも名誉欲のために覇者になりたかったわけではあるまい。中原の秩序を安定させ、民衆の安寧を願ってのことであろう。そうなれば二人に大恩がある樹弘がその遺志を継がねばならなかった。

 「それよりも次の静公はどうなさるおつもりですか?」

 樹弘は話題を変えて比無忌に尋ねた。亡き静公には正妃もいれば、寵姫も多い。その分子福者で、後継者には困らないはずであった。

 「長子の源朝様が継がれることになるでしょう。しかし、まだ九歳なので、しばらくは公妃が摂政として政をみられることになると思います」

 「公妃にもよしなにお伝えください。僕にできることでしたら、何でもお申し付けくださいと」

 「かたじけなく思います、泉公」

 比無忌はこれからも長く丞相としてその地位に留まらなければならないだろう。彼のためにもできることはなんでもしてあげようと樹弘は思った。


 悠々と進軍する樹弘に対して、界畿へと逃げた尊毅は追い詰められていた。泉国軍が諸国に尊毅討伐を号令したことはすでに承知しており、後はどのような戦略をもって攻めてくるかだけであった。

 「今すぐ泉公に撤退するように義王の命令を出せ。いや、それだけじゃ駄目だ。逆に諸国に泉公討伐の勅命を出すのどうだ」

 尊毅は界畿に辿り着くと、界仲に詰めよった。軍中においても冷静であった界仲は、興奮する尊毅に冷たい視線を投げかけていた。

 「出してどうする?すでに泉公は義王の権威など路傍の石ころのようにしか思っていない。勅諚を出しても紙きれ同然だ」

 「それでも出せと言っている!そうでなければ義王などすでにないことをばらすぞ」

 そうなれば御身も身の破滅だ、と尊毅は凄んだ。それでも界仲の態度は冷厳そのものであった。

 「すでに義王がないと知りながら、義王の権威に縋るか。事実を知れば、中原中の笑い者になるだろうな」

 「貴様が言うな!」

 尊毅は界仲の胸ぐらを掴んだ。瞬間、界仲の視線が憐れむような眼差しに変わり、尊毅は手を離した。

 「怒ることはありますまい。それは私も同じなのだよ。だから今となっては貴殿と運命を共にするしかないのが、今更義王の権威を頼る必要はあるまいと言っているのだ」

 そのような説教をされるとは思っていなかったので、尊毅は多少拍子抜けした。

 「俺は俺として泉公と戦えというのか?」

 「貴殿も天下に号令しようとしているのなら、全力をもって泉公に挑めばいい」

 励まされているのか。尊毅は不思議な気分になった。しかし、界仲の言うことも道理であるように思われた。

 「それならばここに籠る必要はないな。斎国に帰るとして貴殿も連れて行くぞ」

 「好きにすればいい。もはや私は有名無実の存在だ。だが、界畿を放棄するのであれば、ひとつ成すことがあろう」

 「成すことだと?」

 「義王のことだ。貴殿が義王と決別するというのであれば、もう義王の存在は必要ななかろう」

 「すでに義王がないということを公表してもいいんだな」

 「それもよかろうが、断ち切るには有効な手法がある」

 「勿体ぶらずに言え!」

 「義央宮を焼けばいいのだよ」

 尊毅は界仲を見た。冗談のつもりかと尊毅は思ったが、界仲の眼差しは本気であった。あるいは界仲自身が義王という存在から決別したいがために、言い出したのかもしれない。

 「それができんな。義央宮を焼けば、界畿の街にも被害が出よう。お互い、無用なことでこれ以上名を汚す必要もあるまい」

 何度も反逆をしてきた尊毅としては、今更どのような汚名を被ろうが関係なかった。それでも界仲の申し出を断ったのは、そのようなことをしている時間があるならば、早く慶師に戻って泉公を迎え討つ準備をしたかっただけであった。

 界仲は何も言わないことで賛意を示すにとどまった。

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