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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
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蒼天の雲~57~

 佐導甫軍の消滅を知らされた尊毅は戦慄した。勝てぬまでも吉野を落とすまで足止め程度はできるだろうと考えていた尊毅からすれば、まさか送り出して一週間ほどで敗北の報告を聞くとは思っていなかった。

 「降伏したとして大将軍はどうした?将兵はどうした?」

 「佐将軍は捕虜となり泉国に送られた模様です。他の将兵は斎国に帰還することを条件に解散されました……」

 そう告げる兵士は、佐導甫軍に属しており、素直に斎国に帰らずに尊毅の本陣に駆け込んできた。そのような者達は五百名にも満たず、多くの将兵が斎国へと帰っていったようだった。

 「おのれ!斎国軍の恥を晒す者どもよ!」

 尊毅は怒りを爆発させたが、その様子を見ていた他の将兵達は斎国に帰った者達の気分はよく分かった。これより中原最強となった泉国軍を相手しなければならないのである。しかも兵数は相手の方が上回っている。しかも、泉国軍を迎撃するために吉野の囲みを解けば、背後から復讐に燃える比無忌が出撃してくるのは明らかであった。

 『夏燐がおれば……』

 こういう時、尊夏燐は自分の手を離れても最良の判断をして戦ってくれる。尊毅は自分の手足がもがれたことを改めて思い知らされた。

 「主上、このことはいずれ吉野にも知られましょう。ここは一度吉野の囲みを解き、国外まで撤退しましょう」

 副官が進言した。一度副官をきっと睨んだ尊毅は、視線を天に向けた。

 『なんという蒼空だ……』

 雲の一つない晴れ晴れとした空である。今の尊毅の心情とは正反対の天空を見ていると、気が抜けていき、幾分か冷静になれた。

 『俺はいつからこの澄み切った空を眩しく思うようになったのか……』

 尊毅は寂しさを感じた。純粋に空を見上げることがなくなったのは、野心に燃え猛進し始めた頃からではないか。そうであるならば、空の眩しさは己の曇りを表しているのではないか。

 『だから何だと言うのだ。俺はもう引き下がることができないんだ』

 尊毅は撤退を決意した。これで戦いは終わりではないのだ。

 『たかが一度の負けですべてを失うわけにはいかん。界公を人質にして界国に籠って抗戦してやる』

 尊毅にはまだ切り札があった。界公である。無理やり連れてきた界公は大人しくしている。界公を尊毅が握っている限り、義王の存在はまだ生きていることになる。中原の正義は尊毅の手にあった。

 「界畿に向かう。もし泉公が界畿を囲むようなことがあれば、その不敬を天下に鳴らしてやる」

 自分の精神が汚れたのならとことん汚れてやる。後世、梟雄と呼ばれても構わなかった。尊毅は速やかに軍をまとめて静国から撤収していった。


 吉野は解放された。樹弘が吉野に到着した時にはすでに尊毅軍はおらず、比無忌と斎治は城外で樹弘を歓迎した。

 「泉公。きっと来てくださると思っておりました。感謝の言葉もございません」

 比無忌は膝をつき叩頭した。

 「お顔をあげてください、比殿。私は亡き静公から受けた恩の一片をお返ししたにすぎません」

 「そう仰っていただければ、主上も浮かばれましょう。それで泉公はこれからどうされますか?」

 これからと言うのは言うまでもなく尊毅を追うかどうかである。

 「それについては話があるのです。斎治殿」

 突然名前を呼ばれた斎治は驚いたように顔をあげた。

 「私はこれより尊毅を討伐するつもりでいる。斎治殿、今更と思うかもしれませんが、道案内をお願いしたい」

 じっと聞いていた斎治は、樹弘が言い終わるとすっと一筋の涙を流した。

 「遅いも早いもありません。よくぞ決断していただいた。喜んで道案内致しますぞ」

 斎治は樹弘の手を取り、喜びを表した。これには比無忌も興奮を隠しきれないのか、ぜひとも自分達も参加したいと申し出てきた。

 「勿論ですとも。それから翼国、龍国、極国、印国にも使者を出しましょう」

 界国と斎国を除くすべての国で尊毅を討つ。そうすることが中原開闢以来の秩序を壊すことになる。樹弘の狙いはそこにあった。

 樹弘はしばらく吉野に滞在し、各国の返答を待った。各国からは参軍する旨の返答が寄せられた。

 「翼国と龍国、極国は直接斎国へと進軍してもらいましょう。我らは印国軍が到着次第、出発しましょう」

 「そうですね。龍国は龍公自らが出馬すると言ってますし、極国には譜天将軍がいる。間違いはないでしょう」

 樹弘は劉六の意見に賛同を示した。

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