表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
507/959

蒼天の雲~54~

 界公を使って静公を排除することに成功した尊毅は、すぐに静国に攻め込むことにした。すでにこの時、項泰の戦死が伝えられており、その事後処理のために項史直には慶師に留まるように命じた。その代わりに佐導甫が救援を引き連れて駆けつけてきた。

 「大将軍がおれば百人力だ。一気に静国を覆滅してしまおう」

 尊毅からしてみれば、静国を手に入れることよりも、静国の国都にいる斎治の身柄を早々に確保したかった。斎治がいる限り、斎国の国主として眠ることができぬというのが今の尊毅の心情であった。

 尊毅は軍に界公を帯同させた。今や界公は尊毅が中原において示すことができる唯一の正義の証であった。勿論、界公も尊毅からは離れられないようになっていた。もし界公が裏切るようなことがあれば、尊毅は躊躇うことなく義王の秘密を暴露するつもりでいた。

 「もはや俺に敵はおるまい」

 尊毅は静国に入り、城や邑を攻めていった。源経を失ったことで静国軍の士気はすぐれず、静国軍は各地で敗北していった。


 静国の国都である吉野は悲しみの淵にあった。全ての民衆が源経の死を悼み悲しんでいた。同時に界公と尊毅に対する憎しみを爆発させており、尊毅が攻めてきても死んでも吉野を明け渡さぬという空気が充満していた。

 そのような空気の中、斎治は肩身の狭い思いをしていた。静公―源経が界公によって謀殺されたのも、遠因は自分にあると思っていた。

 「丞相殿。こうなっては私を差し出してくだされ。尊毅も私の身柄を得れば、静国にはこれ以上無用なことを致しますまい」

 斎治は主人亡き後、国内をまとめ上げるために奮戦している丞相の比無忌に対して申し出た。人前では悲しんだ様子を一切見せていな比無忌は、諭すように言った。

 「斎治殿。それはできません。それをしてしまっては、我が主がなそとした正義がすべて水泡となってしまいます。今は我が主の正義を実現させることこそが弔いなのです」

 比無忌の言葉に感謝しかなかった。以後、斎治は何も言わず、進んで城内の雑用を手伝うようになった。

 だが、英邁な君主であった源経を失った事実は大きく、侵略してくる尊毅軍に静国軍は連敗を重ね、ついには吉野近郊にまで侵入を許してしまった。

 間もなく吉野は囲まれるであろう。そのような状況になって、今や斎治の唯一の腹心となっていた結十が誰もいないところで密かに囁いた。

 「主上、吉野が包囲され、陥落するのは目前です。比殿には申し訳ないが、ここは吉野を脱出し、泉公を頼るか、斎国に潜伏して董阮と合流しましょう。董阮は少洪覇と尊夏燐を結びつけて反抗勢力を築いております。尊毅が外征している今、斎国に主上ありと知れれば、兵士達も大いに士気をあげ、打倒尊毅の先兵となりましょう」

 結十の進言に斎治は首を振った。

 「それはならん。亡き静公と比殿は我らを庇護し、力を貸してくれた。事が成就することはないだろうが、ここで我らが逃げれば彼らを落胆させてしまうだろう。彼らは私の掲げる正義のために義侠心を見せてくれた。これを裏切るような真似をすれば、私は終生笑い者になる。そのなるぐらいなら、ここで一兵卒として槍を持って死ぬ」

 「しかし……」

 「それに静国には尊毅軍が満ちている。どうやって斎国や泉国まで行くというのだ?捕らわれては元も子もない」

 「分かりました。主上がその意気込みなら私もお供いたします」

 「すまぬな。興に仕え、私に仕え、苦難ばかりであったな」

 「仰いますな。主と運命を共にするのが家臣の定めです。尊毅に一泡吹かせてやりましょう」

 結十は死ぬつもりであった。自ら死して、斎治のための活路を開くつもりでいた。実は事前に比無忌と示し合わせており、最悪の場合、斎治を泉国へと逃がす段取りを整えていた。

 『そして私は何としても尊毅の命を奪ってみせる』

 命乞いをするふりをしてでも尊毅に近づき、心臓を一刺ししてみせる。その意気込みをもって結十は尊毅軍と向かい合うつもりでいた。

 すでに吉野では籠城の準備が整っていた。比無忌は徹底した籠城戦を行うことで、長く尊毅を対陣させ、その間に各国の救援を待つことにした。

 救援として最も期待していたのは泉国であった。しかし、泉国は先に翼国の内乱に介入して軍を動かしたばかりである。圧勝であったといえ、相応の傷を負っているはずであり、果たしてすぐに救援に駆けつけてくれるかどうか疑問であった。

 『いや、救援に応えてくれないかもしれない』

 比無忌にはそのような懸念もあった。翼国の内乱と異なり、今の尊毅の背後には義王と界公がいる。泉公が尊毅と事を構えるのを躊躇う可能性もあった。

 「すでに泉公には使者を送った。義侠心の厚い泉公はすぐに駆けつけてくれるだろう」

 比無忌は将兵達にはそう言って士気を維持に努めた。それでも泉公が来援に来るには二か月、いや三か月はかかるだろう。

 『三か月……いや、半年でも一年でも戦ってみせる』

 奇しくも比無忌と同様に尊毅も泉公が来援するには三か月はかかるとみていた。尊毅としてはそれまでに吉野を陥落させないといけなかった。

 しかし、彼らの予測は大いに裏切られた。尊毅軍は吉野を囲むべき陣を構築し始めた頃、泉国の一軍が静国に到着したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ