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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
505/962

蒼天の雲~52~

 静国で尊毅に大勝した静公ー源経は、そのまま斎国に攻め込むことを決意していた。そのためには大義の証として斎治の存在が必要であった。吉野にいる斎治を呼び寄せている間に、界公からの使者を迎えることになった。

 「尊毅と和睦せよだと……」

 馬鹿なことだ、と源経は言いたかった。尊毅の武力に屈して安易に義王の勅許を与えたのは他ならぬ界公ではないか。その下の根が乾かぬうちに、敗北した尊毅との和睦を命じるなど、界公には義王の側近としての矜持がないのかと怒鳴りつけたかった。

 「無視を決め込みますか?」

 源慈が問うた。源経は少し考えてから首を振った。

 「そういうわけにもいかないだろう。腐っても界公だ」

 源経には思惑があった。和睦など応じるつもりはない。逆に自分を覇者として認めさせる。そのために界公には会ってやろうと思った。 

 「では、丞相が来るまでお待ちください。何かと助言してくれるでしょう」

 「いや、俺だけでいい。界公など、比無忌がおらずとも御し得る」

 源経は源慈の助言を退けた。自信家の源経は界公など相手ではないと思っていた。それに焦りもあった。先代翼公―楽乗亡き後、覇者となり得るのは自分しかいない。しかし、覇者としての実績としては、泉公―樹弘の方が上回っていた。

 『樹弘は泉国を再興させただけではなく、積年の課題であった伯の問題を解決し、印国の内乱も収束させた。その偉業は覇者に相応しい』

 源経としては樹弘の輝かしい功績を認めざるを得なかった。それだけのことを成し得た樹弘は、その功績をひけらかし驕ることはなかった。覇者となる野望もなく、とにかく自国の発展のみを願っている男であったが、中原全体が混乱する最中、世間から待望されて覇者として推戴される可能性も否定できない。もしそうなった時、源経としては素直に従うしかなかった。

 『樹弘が国内にあり、界公自らが出てきた今が好機だ』

 ここで一気に義王に覇者として認めてもらう。その焦りが源経に軽率な行動を取らせた。源経はわずかな兵士だけを連れて界畿へと向かった。


 界畿に到着すると、斎国軍の軍旗が遠望できた。

 「尊毅もいるのか」

 源経は多少の不愉快さを感じた。もし本気で尊毅が和睦したいのなら軍をもっと遠くに退けさせるべきではないのか。

 「尊毅は自分の立場を分かっていないようだな」

 「主上、尊毅に軍を引かせましょう」

 付いてきた将軍が進言した。源経の身を守る者として、当然の発言であった。

 「無用だ。尊毅の意気地なさを笑ってやればいい。もしここで俺を害するなやってみればいいのだ」

 源経はあくまでも強気であった。笑いながら数名の兵士を連れて界公の屋敷に乗り込んだ。

 「短い間でこうもう会うとは思っていませんでしたよ、界公。先の会盟では尊毅を討てといい、今度は尊毅と和睦しろという。界公の正義はどちらを向いているのでしょうな」

 源経の皮肉にも界公は眉ひとつ動かさなかった。あるいはそのような非難を受けることは覚悟していたのかもしれないし、元より慣れているのかもしれない。

 「別に私の意思ではない。すべては義王の思し召しだ。それに先の会盟は斎公を討伐せよというものではなく、あくまでもどう処するべきかという……」

 「ふん。ならば義王に会わせていただこうか?いつも界公を通してお聞きする義王の意思。俺も実際に自分の耳で聞いてみたいものだ」

 源経は本気で義王に目通ろうとは考えていなかった。これも皮肉の延長線上での言葉であったが、今の界公にとってこれがどれほど重い言葉であったか、源経が知る由もなかった。

 「義王には会わさぬ」

 界公が声を潜めて呟いた。

 「ん?」

 「義王の存在こそ、界公が存在しうる意義ではないか!それを他の者に渡してたまるものか!」

 「何を言っているのだ、界公」

 「お前はいい。広大な国土と、多くの民衆をもっている。それに引き換え界国はどうか。狭い国土とわずかな民衆しかおらぬ。中原で正義を実現しようにも軍隊もろくにはない。義王のお守りだけしかないではないか」

 界公が懐から小刀を取り出した。止せ、と言いながら腰に手を伸ばした源経であったが、剣は屋敷に入る前に預けてしまったのを思い出した。配下の兵も屋敷の外にしかいない。

 「今こそ、界公が歴史を変えるのだ!」

 跳躍した界公が小刀を突き出してきた。戦場で自らも剣を振るうことのある源経からすると、かわすのは容易かった。しかし、不運であったのは、後に身をそらそうとした時、足を椅子にぶつけてしまったことであった。体の態勢を崩し倒れた源経に界公がのしかかってきた。

 最期、源経は自分でも何を言ったのか分からなかった。自分の喉元に小刀を突きたてられたことまでは覚えていたが、それ以後のことを源経が知覚することはなかった。

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