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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
504/959

蒼天の雲~51~

 「こいつが義王か!」

 尊毅は続いて階段を上ってくる界公に聞いた。

 「そうだとも言えるし、そうだとも言えぬ」

 「どういうことだ!」

 尊毅は人形の頭を掴んだ。草臥れていたのか、頭部だけが取れた。

 「義王の血脈はすでに途絶えている。それからずっとそれが義王であった」

 「いつからだ」

 「知らぬ。私が界公になった時はすでにそうであった」

 改めて人形を見てみると、年季が入っている。ここ十数年のうちに作られたものではなそさうであった。

 「何十、いや、何百年も中原を謀ってきたのか!」

 「そうであろうな」

 界公は他人事のように言った。事実、過去から受け継がれてきた慣例に従ってきたまでの界公からすると他人事なのだろう。責めるのなら義王の血脈が途絶えた時に木偶人形を用意した過去の界公に言えと言いたいに違いない。

 「義王の声を聞いた者もいると聞いたが……」

 「その時は家宰がこの中より声を出していた」

 「ふん。あの男が義王のふりとはな」

 あまりの衝撃の事実に興奮していた尊毅であったが、次第に冷静になっていくと、自分がとてつもない事実をし得てしまったことに気づかされた。

 「この事実を知っているのは?」

 「私と家宰、そしてこの義央宮に詰めているわずか者ばかりだ」

 「なるほど。人が少ない方が秘密は守られやすいものな」

 歴代の界公は、義王がすでにいないという事実を隠すし、その権威をもって中原から金銭を吸い上げてきたことになる。馬鹿にされたものだと思いつつ、これはこれからの自分にも活かせると思いついた。

 「これで俺もお前も共犯だ。その意味、分かるな?」

 この時点で尊毅の方が優位になっていた。もし、尊毅が界公が守り続けてきた秘密を暴露すれば、界公の立場は完全になくなってしまう。今、中原中から尊毅に向けられている非難の目が一気に界公に向かうであろう。それが分からぬはずのない界公は、ややむすっとした表情で頷いた。

 「私に何をせよと言う」

 「界公のことは黙っておいてやる。その代わり、貴様の名前で静公を呼び出し、殺せ」

 尊毅の瞳は狂気に満ちていた。もはや否とは言えない界公は従うしかなかった。


 界公最大の秘事。すでに義王の血脈は途絶えていることを尊毅に知られてしまった界仲は、屋敷に戻ると早速に賈潔を呼んだ。

 「こうなれば殺すべきは静公ではなく、尊毅でありましょう。宴席に招待するとか誘い出して毒殺致しましょう」

 尊毅に手ひどい目に遭わされている賈潔は、怒りを込めて言った。

 「賈潔よ、声が大きい。この屋敷は尊毅に囲まれているのだ。迂闊なことを言えば、殺されるのは我らが先だ」

 「しかし……」

 「秘事がばれたのはやむを得ん。いずれ明るみになるかもしれぬことだったのだ」

 尊毅が御簾を引きずり下ろした時は肝を冷やし、我が世の終わりすらを感じた界仲であったが、今となっては寧ろ清々しさすらあった。

 「では、尊毅の言葉に従い、静公を暗殺するのですか?」

 「尊毅は野心に火が点いた獣だ。満足するということを知らぬとなると、行きつくところまで行くぞ」

 中原最大の権威である義王が単なる木偶人形であると知ったとならば、それに取って代わろうと考えるのはたやすいことであった。斎公となったことで尊毅が満足をしないのであれば、そのさらに高みを望むであろう。

 「では、尊毅を義王の代わりに?」

 「それでは義王がすでにないことを公表してしまう。尊毅もそこまで愚かではないだろう。しかし、いずれ禅譲と手段を用いてはくるだろう」

 「なるほど。それで我らが禅譲という手段で尊毅を王に祭り上げれば、尊毅も我らに感謝するしかないということですかな」

 「尊毅がそこまでしおらしいとは思わんが、敵意は向けて来ないだろう」

 尊毅のもとで権力を行使すればいい。それで界公としての権威を復活できればいいではないか、と界仲は腹を決めた。

 「静公に使者を出せ。斎公のことで話はある故、界畿に来いと」

 界仲の命令に賈潔は静かに頷いた。

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