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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
503/962

蒼天の雲~50~

 静公に大敗した尊毅は界国へと逃げ込んだ。界畿ではすでに尊毅が大敗を知っているのか、城門を堅く閉ざしていた。この寸前、項泰軍大敗の報を得ており、その事実確認と処理のために項史直は一足先に斎国に戻っていた。そのため尊毅は相談する相手もなく、独断で事を進めていた。

 「小癪な!ぶち破れ!」

 大敗したとはいえ、界畿を制圧するだけの兵力は十分にあった。もし静公がここまで攻めてくるのであれば、義王と界公を盾にするつもりでいた。尊毅軍の将兵達も、義王や界公への畏れよりも、空腹と静公軍が迫りくる恐怖が勝っていて、暴挙を暴挙と思わぬようになっていた。

 城門を簡単に突破した尊毅は、そのまま界公の屋敷を囲んだ。

 「何をするか!新たなる斎公は畏れを知らぬのか!」

 早速に賈潔が本陣に怒鳴り込んできた。

 「畏れを知らぬのは静公ではないか。義王の印璽が押された勅諚を手にした俺に逆らったのだぞ!」

 「そ、それはそうだが……。だからといって界公の屋敷を囲むというのはどういう料簡だ」

 「知れたことだ。義王に仲裁をしてもらう。このままだと静公は斎治を奉じて我が国に攻め入るだろう。そうならないようにしてもらう」

 無茶苦茶だ、と賈潔は悲鳴をあげた。確かに無茶苦茶であろう。しかし、尊毅が斎国の国主として生き残っていくには、もはやその無茶をするしかなかった。

 「そ、それには界公を通じて義王に奏上してもらわなければ……」

 「ふざけるな!」

 尊毅は賈潔の胸ぐらをつかんだ。

 「貴様らはいつもそうだ!義王に会うのに何故いつも界公を通さねばならぬ!」

 「それは古来より続く慣例に乗っ取り……」

 「ふん!過去の誰かが決めた慣例ならば、また新たに作ればいい」

 もはや貴様には用はない、と賈潔を突き放した尊毅は、界公の屋敷に入っていった。使用人を脅しつけて界公の所に案内させた。界公は奥の部屋で静かに茶を啜っていた。

 「お初にお目にかかるかな、界公」

 「そなたが尊毅、いや斎公と言うべきなのかな」

 病的なまでに青白い顔をしている界公は、無表情な面を尊毅に向けた。

 「挨拶をするような間柄ではないな。率直に言う。俺を義王の所へ連れて行け」

 「義王に申したいことがあれば、私が奏上する故……」

 「俺が直接会う」

 尊毅は剣を抜いて、切っ先を界公の喉に突き付けた。

 「私を殺せば義王にはお会いできぬぞ」

 「それならば直接乗り込むだけだ。あくまでも界公を通して穏便にしようとしているんだ。その意気は買ってもらいたいな」

 尊毅が言うと、界公は着替えるからしばし待てと言って立ち上がった。


 尊毅は界公と伴って義央宮に向かった。義央宮は異様なまでに静かであった。多数の軍勢が界畿に乱入しているのにも関わらず、騒ぐ者もいなければ、乱入者たる尊毅に好奇の目を向ける者もいなかった。

 『というよりも人がいない……』

 わずかに数人の衛兵がいるだけで、彼らは人形のように佇立していた。

 「ここは本当に天下の義央宮か?」

 尊毅の問いに界公は答えなかった。尊毅もそれ以上何も言わず、黙って先を行く界公の後をついていった。

 やがて謁見の間に到着した。遥か壇上に御簾が垂れ下がっているのを尊毅が見上げた。

 『あそこに義王の座か……』

 流石に尊毅は緊張してきた。しばらくすると御簾の中で人影が動いた。

 「義王様。斎公、尊毅でございます」

 界公がよく通る声で紹介した。御簾の中の義王は無反応である。

 「義王様。畏れ多くも義王様の勅諚をもった我に静公が攻撃を仕掛けました。我は正義を守るために戦いましたが、武運つたなく敗北しました。つきましては義王様におかれましては、静公に撤兵をご命じになり、今後斎国に侵攻せぬことを……」

 尊毅は声を発しながらも、御簾の中の義王の影を追っていた。鎮座しているように見える義王は声を発することもなければ、微動だにしなかった。

 『どうにも様子がおかしい……』

 ここで尊毅にある疑念が生じた。これまで義王には界公を通じてでしか対面できなかった理由が分かったような気がした。

 「おのれ!謀るか!」

 尊毅は突如立ち上がると、御簾へと駆けあがっていった。止せ、と叫ぶ界公の声など無視した尊毅は、御簾の両隣に立っている衛兵を殴り倒すと、御簾を引きずり下ろした。

 そこには衣装を身に纏った木造の人形が鎮座しているだけであった。

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