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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
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蒼天の雲~49~

 項泰軍が尊夏燐軍の襲撃を受けている頃、赤崔心も少洪覇軍の攻撃されていた。

 「項泰め!戦を知らぬな!」

 項泰軍が勝手に突進を始めた時は、猪武者めとせせら笑い、程よい所で救援してやろうと思っていたのだが、少洪覇軍が姿を現すに及んで罠に嵌められたのだと戦慄した。

 「敵は寡兵ぞ!隊伍を整えて反撃しろ!」

 赤崔心の配下にはまだ条公と戦っていた時からの歴戦の勇者が揃っていた。しかし、赤崔心を含めて彼らは山岳部を拠点とした遊撃線を得意としており、野天での会戦の経験はほとんどなかった。寧ろ不得意と言っても過言ではなく、尊毅が国主になってより赤崔心の配下に加わった将兵を困惑させ、苛立たした。

 「赤崔心は将軍などとは言え、所詮は野盗あがりではないか!」

 赤崔心軍の士気は落ち、陣容も乱れ始めた。

 「押せ押せ!敵は怯んでおる!」

 対して少洪覇軍の士気はけた違いに高かった。彼らも歴戦の勇であり、赤崔心軍と比べものにならぬほど野戦での戦歴も豊富であった。赤崔心軍は終始押されっぱなりであったが、なんとか日没まで持ちこたえた。しかし、その後に項泰軍の壊滅、主将である項泰の戦死を知ると、軍内部に激しい動揺が広がり、将兵は浮足立った。

 「将軍、夜になり敵の攻撃がなくなりました。ここは夜陰に乗じて撤退すべきでしょう」

 赤崔心は配下からそのような進言を受け、そうすべきであろうと思っていた。だが、その反面、

 『夜襲を仕掛けるべきではないか』

 と考えていた。夜襲、奇襲は赤崔心の真骨頂である。項泰が戦死したうえに、何もせずに敗退したとなれば、いくら建国の功臣とはいえ立場がなくなるだろう。今の状況を逆転させるにはそれしかないのではないか。赤崔心がその考えを口にしようとした時、それを遮るようにして悲鳴があがった。

 「敵襲!夜襲です!」

 まさか、と赤崔心は思った。少洪覇軍は日中に死力を尽くして戦ってきたはずである。それから夜襲を仕掛けるなどどこにそのような体力が残っているというのだろうか。あるいは別動隊だろうか。

 「奴らのどこにそんな余剰戦力があるのか!」

 夜襲を仕掛けてきたのは千綜の部隊であった。わずか百名にも満たぬ数であったが、こちらも精強な兵が揃っている。

 「赤崔心とは一時は主上にお味方したものの、利に聡く、主上を裏切り尊毅に阿った悪漢ぞ。我ら正義の軍が負けるはずもない!」

 千綜は修羅となっていた。この戦場において、千綜ほど自己の正義を信じ、それを体現しようとしている武人はいなかった。それは千綜だけではなく、彼の配下も同様であり、ここで死んでも斎治が国主として返り咲けばそれで良しとする集団が出来上がっていた。千綜軍は赤崔心軍の陣中奥深くに食い込んできた。

 「く、くそっ!」

 ついには赤崔心も逃げ出した。項泰と違って幸運だったのは、夜ということもあって無事に逃げ切ることができたことであった。しかし、この戦で項泰軍は約半数近くの将兵を失うことになった。死傷者もいたが、少洪覇に降伏した者も少なくなく、謀臣である項泰を失ったことと合わせて尊毅にとっては大きな痛手となった。


 少洪覇軍にとっては快勝となった。兵力数では劣勢にあったにも関わらず、主将である項泰を戦死させて敗走させるという快挙を得た。それだけではなく降伏した将兵の多くが尊夏燐の下で働かせてほしいと申し出ており、これを実現させれば尊毅にとって侮りがたい戦力になるのが間違いなかった。

 「ここは一気に慶師まで攻め上ろうと思うのだが、どうだろうか?」

 槍置付近で尊夏燐、千綜と合流した少洪覇は二人に提案した。

 「それもよかろうが、我が陣営には董阮殿がおられる。董阮殿に檄文を作成してもらい、各地の諸侯にばらまいてみてはどうだろうか?味方が多いに越したことはないと思うのだが」

 と主張したのは千綜であった。確かにこれからも尊毅と事を構えるとなると、味方は多ければ多い方がいい。

 「いや、私は一気に慶師を目指した方がいいと思う。兄、尊毅がにいない今こそ、慶師を奪還することができる最大の好機だ」

 尊夏燐の主張もまた魅力的であった。千綜もそれについては認めているのか、低く唸るだけで否定はしなかった。

 「どうすべきか……」

 「洪覇。千殿の考え方も理解できる。しかし、あんたは尊毅を倒すという先兵だ。先兵としての矜持があるのなら我々だけでやるべきだ」

 尊夏燐の言葉は少洪覇の心をゆすぶった。それは千綜も同様であるらしく、興奮で顔を赤くさせていた。

 「夏燐の言うとおりだ。ここで何を躊躇うことがあるのか!正義の御旗を立てるために、このまま慶師に進軍しよう」

 少洪覇は慶師への進撃を決意した。しかし、この数日後、その決意を断念しなければならぬ恐るべき情報を少洪覇達は得ることになった。

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